日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』を読む2008年09月09日

日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』
 昨年完成して出版された日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』にやっと目を通した。この本は、日本の歴史教育研究会と韓国の歴史教科書研究会が「正しい歴史叙述」を目指し、日本の東京学芸大学と韓国のソウル市立大学教授が編集を担当、両国の大学教員、博物館学芸員、高校教師、大学院生等が執筆にあたり、10年の歳月をかけて完成した高校生むけの歴史教材である。教科書問題への問題意識から出版された書籍の多くが近現代のみをとりあげている中で、この本は古代から現代までを対象にしているのが新鮮だった。日韓の歴史認識がかけ離れている故に、執筆に際しては相当議論し、苦心したであろうことも十分推察できる内容である。

 特にすごいと思ったのは、百済復興戦争に日本が参戦した経緯、モンゴルの高麗侵略から日本侵略、豊臣秀吉の朝鮮侵略、征韓論のことなども、通説ではなく、新しい研究成果を取り入れていることだ。他にも、両国で歴史的評価が異なる事柄・人物についても、客観的な事実を記述しようとする努力が感じられた。但し、公平性を重んじるからであろうが、歴史評価が分かれる問題等については記述内容が少々物足りないように思った。

 例えば、安重根の扱いである。「一方、義兵として活動した安重根は、1909年満州のハルビンで初代総監であった伊藤博文を射殺した。安重根は裁判過程で日本の侵略を糾弾し韓国の独立を主張して、自身は戦争捕虜であり国際法によって裁判を行うよう主張した。日本は安重根を暗殺者として死刑に処したが、日本人の中には安重根の毅然たる態度に感服する人もいた。」(203頁)安重根が伊藤博文を射殺した事件は、沢山の「?」があり、歴史評価は分かれている。私が知る限りでも、韓国支配の象徴的存在だった伊藤博文を射殺した義士という説、日韓併合に反対していた伊藤博文を射殺したことで併合を早めたという説、二つの異なる見方・歴史評価がある。このような問題の提起と説明は教師に委ねられるのかも知れないが…高校生向けの教材として書かれたものである以上、限界はあるのだろうが、事実の説明だけでは何か物足りない。ここから発展するものがあってもよさそうだ。

 正直いろいろ気になる点はあるものの、基準となるものを作り出す、というかたたき台を作り出したという意味で、大変価値がある仕事だと思う。何と言っても、お互いをよく知りもしないまま批判し合うという状況から、大きく一歩踏み出したのだ。こういう仕事が正当に評価され、またこれをきっかけに議論が喚起され、相互理解が進み、今後の日韓関係に良い影響を与えていってほしいものである。

読んだ本:日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』(明石書店、2007)