戦前の国定教科書「ハナハト本」と「サクラ読本」を読む2008年09月21日

戦前の国定教科書2種「ハナハト本」と「サクラ読本」
 博物館のミュージアムショップで戦前の国定教科書の復刊本を見つけた。戦前の国定教科書は、第一学年の国語教科書の最初の頁にちなみ「イエスシ本」「ハタタコ本」「ハナハト本」「サクラ読本」「アサヒ本」の通称がある。今回手にしたのは1917年・大正6年発行の『国語読本』巻一の「ハナハト本」、及び1932年・昭和7年発行の『小学国語読本』巻一=「サクラ読本」である。中国の古い教科書はいつも見ているけれども、日本の教科書の方は新鮮で思わず購入してしまった。

 二冊を比べると…『国語読本』巻一=「ハナハト本」は大正デモクラシーの影響を受けた教科書で、灰白色の表紙に、挿絵も線画で描かれた黒一色刷りである。「ハナ ハト マメ マス」という単語から始まり、子供の生活に身近なものから教材をとった内容が大半を占める。「ハナハト本」の由来でもある「ハナ」、イラストをみると明らかに桜である。他に「さるかに合戦」「桃太郎」が掲載されている。『教科書でみる近現代日本の教育』によれば「ハナハト本」も「ハタタコ本」と比べると国家的・軍事的な色調が濃くなっているそうで、「桃太郎の内容も単純な童話から鬼征伐に力点をおくものとなり、桃太郎のもつ扇も桃の絵から[日の丸]に変わっている」らしい。それでも巻一に限って言えば、目立って国家的・軍事的ということはない。

 一方、『小学国語読本』巻一=「サクラ読本」は世界的な新教育思想の影響を受けた教科書で、薄茶色の表紙に、多色刷りの絵を用いている。特に巻頭の「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」という文章から始まり、サクラが野山に咲く様子が描かれ華やかな印象である。この「サクラ読本」は巻一でも国家的・軍事的な教材が目立つのが特徴だ。「サクラ読本」の名前の由来となったサクラにしても、日本の国花であるし、「オヒサマ アカイ アサヒ ガ アカイ」から更に大きな国旗が掲げられた「ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ」に発展するなど、国家の象徴としての朝日と日の丸が登場し、それらは客観的な説明はなしに、子供の言葉で讃えられる。更に「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」にはじまり、「タラウサン ガ、 グンカン ノ エ ヲ カキマシタ。」「ハナコサン ガ、 フジサン ノ エ ヲ カキマシタ。」「ヒカウキ、ヒカウキ、アヲイ ソラ ニ、ギン ノ ツバサ。ヒカウキ ハヤイ ナ。」といった軍事的な教材もすでに導入されている。前述の桃太郎の教材も11頁から22頁へと長くなっている。

 考えてみれば、「サクラ読本」が発行された1932年は上海事変が起きた年であり、また前年の柳条湖事件に端を発し関東軍が満州全土を占領して満州国を建国した年でもある。この時期、教科書はすでに国民を戦争へ駆り立てる道具として機能していたのである。

読んだ本:尋常小学『国語読本』巻一(「ハナハト本」・大正6年、文部省)復刊本(発行:久保企画)
尋常科用『小学国語読本』巻一(「サクラ読本」・昭和7年、文部省)復刊本(発行:久保企画)
海後宗臣・仲 新・寺崎昌男『教科書でみる近現代日本の教育』(東京書籍、1999)
入江曜子『日本が「神の国」だった時代-国民学校の教科書をよむ-』(岩波新書、2001)