『中国歴史教科書と東アジア歴史対話』を読む2――日中韓3国の歴史共有の為の議論2008年10月28日

 本書を読んでいて、最も興味深かったのが、作成過程における議論の内容である。最初に日中韓3国で共同編集した『未来をひらく歴史』を読んだ時点では、先に紹介した日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』が15年の歳月をかけ最新の歴史研究の成果を取り入れて、念入りに作成されたのと比べると、かなり速成であり(もっとも『日韓交流の歴史』は通史で、『未来をひらく歴史』は近現代史のみを扱っているから単純には比べられないが。)、原稿の執筆の担当を各国に割り振り、三国の議論内容に基づいて、執筆担当国が修正するという編集方法で、歴史を共有できるのか、そのあたりが気になっていた。

 本書では「日清戦争」「南京大虐殺」「総力戦体制」「歴史教育のあり方」「戦争の記憶」という5つに集約して説明している。本書を見る前に『未来をひらく歴史』を読んだとき、気をつけて見ていた部分は、誰もが気になる部分と見えて、その多くが、同書に議論された内容として取り上げられていた。同書と合わせながら見てみると、議論の後が濃厚に見えてとても興味深かった。

 あくまでも個人的な感想だが、中でも、議論の成果があったように感じたのが「日清戦争」である。「日清戦争」について、それぞれの自国中心の歴史観が議論により調整されたことで、三国で共有する歴史叙述を見いだせた好例だと思うので、そのプロセスを詳しく記しておくことにする。(46-52頁)


 本書に沿って、「日清戦争」についての議論過程を追ってみたい。日清戦争の節の原稿執筆と三国の意見交換を踏まえての修正を担当したのは中国であった。当初、中国側が用意した原稿は「日本海軍による豊島沖での中国輸送船への奇襲攻撃を戦争の開始と位置づけ、旅順における日本軍の虐殺に多くの紙面を割き、その後に開戦以前の三国関係を述べるという時系列とは異なる歴史叙述」であり「中国がどのように日本にやられたのかに重点が置かれ」たものであったという。

 これについて本書の筆者は「中国にとっての日清戦争とは、あくまでも自国にとっての被害、戦争ということになり、中国を中心とした東アジアにおける伝統的な国際秩序が日清戦争によって崩壊したことを論じる傾向が弱い。」と述べている。そのような視点に基づき日本側は「中国の歴史教科書にみられる自国中心的な歴史叙述をそのまま反映した内容は、『未来をひらく歴史』に相応しくないことを中国側に率直に伝えた」という。

 このとき韓国側は「中国側の提示した原稿に対して真っ向から反対意見を述べ、全面的な修正を求めた」。それは、朝鮮への視野を全く欠いていることや、清の朝鮮への軍隊派遣は自国の防衛の意味があったのにそれが明記されていないことや、当時の清と朝鮮との朝貢関係を暗に是認する叙述となっていることへの痛烈な批判であった。

 中国側は日韓の意見と批判を受けて、何度も加筆・修正した。最終的には、「歴史の流れに沿った歴史叙述」となり、「婉曲な表現ではあるものの、当時の清と朝鮮の関係に言及し、さらに日本の侵略の狙いが何であったのかを簡潔に指摘」し、「下関条約の第一条を明記するなど、歴史の因果関係に重点」をおき、「節の最後にロシアの存在を登場させ、朝鮮をめぐって日露戦争へと発展していく要因について記述し、日本の侵略戦争の全体像を明らかにする姿勢」を示す、というように、議論の内容が叙述に反映された。議論により、3国が共有出来る歴史叙述を見出したわけである。こうしたプロセスが生み出す3国の歴史の共有には、本当の意味の世界史の構築に結びつくものとして、非常に興味を覚える。

読んだ本:齋藤一晴『中国歴史教科書と東アジア歴史対話』(花伝社、2008年7月)
日中韓3国共通歴史教材委員会 日本・中国・韓国=共同編集『未来をひらく歴史―東アジア3国の近現代史』(高文研、2005年5月)

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