日本の初等教育の原型となった「小学校令」(明治23年・1890年)――日本の教育法令の歴史92008年11月30日

 明治23年・1890年10月に、新しく「小学校令」(以下、第二次小学令)が公布され、明治19年公布の小学校令は廃止された。明治19年の小学校令が16条だったのと比べると、明治23年の新しい小学校令は全8章96条からなる詳しいものであった。

 第二次小学令の制定は、市制・町村制や府県制などによって地方自治制度が確立されたことに伴うものである。新しい小学校令では、小学簡易科を辞めて尋常小学校を3年または4年とし、高等小学校は2年、3年、4年の3種類となった。徒弟学校と実業補習学校を小学校の種類とし、小学校に補習科や専修科をおくこともできることにした。ここに日本の初等教育の原型が成立した。

 第二次小学令はドイツの学校法令を参考にしたと言われている。第一条に規定されている小学校の目的には「小学校ハ児童身体ノ発達ニ留意シテ道徳教育及国民教育ノ基礎並ニ其生活ニ必須ナル普通ノ知識技能ヲ授クルヲ以テ本旨トナス」とある。この規定は昭和16年の国民学校令の直前まで改められることがなかった。

 小学校の教育内容については、1891年1月「小学校教則大綱」が定められた。これは明治23年・1890年の「小学校令」に基づいて定められたものであるが、同時に教育勅語の趣旨に基づく教則の改正であった。「小学校教則綱領」の学習課目は小学初等科では修身、読書、修辞、算術の初歩、唱歌、体育 、中等科では修身、読書、習字、算術の初歩、唱歌、体操、地理、歴史、図画、博物、物理の初歩、裁縫(女子のみ)であった。

参考:海後宗臣/著 仲新/著 寺崎昌男/著『教科書でみる 近現代日本の教育』(東京書籍、1999)


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