司馬遼太郎『世に棲む日々』1,2を読む2009年07月06日

司馬遼太郎『世に棲む日々』
 実家の母に送ってもらった司馬遼太郎『世に棲む日々』を読んでいる。これは吉田松陰と高杉晋作という二人の革命家を描いた小説である。ようやく半分読んだ。感服したのは、司馬遼太郎氏が、吉田松陰を理想化することなく、そのままの彼を丸ごと受け止めようとしているところである。まだ全4巻読み終わっていないのだけれど、吉田松陰について印象が強く残っている内に簡単な感想を書いておこうと思う。
 
 この本を読む限り、吉田松陰は、知的で純粋で優しい、愛すべき人物である。理想家で、実行力もある。少年時代に山鹿流兵学師範の家に養子に出されたことから、叔父に「公」を叩き込まれ、「私」を捨て去るよう異常に厳しく教育されたという。また藩でも兵法指南役の家が途絶えることのないよう、吉田松陰のために藩の逸材に講師を命じて教えさ、成人後は、九州への遊学と江戸留学を許している。厳しい叔父の教育はともかく、家庭環境は穏やかであったし、藩は彼をとても大事にしていた。その彼が、友人との旅行の約束を果たすために脱藩し、その後も藩の存在を脅かすような革命的行動に走る、その飛躍がどうも普通の感覚では理解しがたい。司馬氏もこれを説明するにあたっては「狂」という文字でこれを表現する。
 
 「狂」とは言い得て妙である。大体、幼い頃から兵法を学んだにしては、大事を実行するに際して、計画性も打算もなく、すぐに人を信用してしまうところなどは、革命を実行するには向かないようにもみえるが、この極度な純粋さが革命を起こすには必要なのかもしれない。
 
 司馬氏は、「革命」に際して、明治維新の思想的根拠を与えた理論家として、吉田松陰を予言者的な存在ととらえ、たった三年しか存在できなかった松下村塾がその出身者、とくに高杉晋作に与えた影響を重く見る。吉田松陰と高杉晋作は、これがまた全く違うタイプの人間である。続きを読むのが楽しみだ。
 
読んだ本:司馬遼太郎『世に棲む日々』1,2(文春文庫)
 
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