愛国主義教育実施綱要の中身6-第三章(2/2)2012年10月08日

少し日があいてしまったが引き続き愛国主義実施綱要について紹介する。十七条から十九条は、青少年の愛国主義教育について、具体的な組織と方法を示している条項である。一つ一つ見ていこう。

 

十七条を見ると、中国では行政組織の末端機関まで愛国主義教育の責任を負わされ、実に余すところなく、教育を行き渡らせようとしているのが分かる。短いので全訳する。「公的機関、企業、農村等の末端組織は社会主義の‘四つの’理想・道徳・知識・規律のある新しい世代(原文:“四有”新人) [i]を育てる責任、特に青年幹部、職工、農民に対し愛国主義教育を強力に行う責任を負う。」というものである。この条項の意図するところは、恐らく、貧しい家庭や農村等で比較的低学歴、例えば義務教育終了後、或いはそれも適わず働いている若い青年について、愛国主義教育を担う責任の所在を明確にするところにあるのだろう。ところで、この条項に出てくる「“四有”新人」という言葉、一九八〇年代以降中国で教育を受けた人なら、耳タコのはずだ。これは元々鄧小平が子供向けの新聞と雑誌に送った「全国の子供達よ、理想・道徳・知識・規律のある人間を志し、人民・祖国・人類に貢献せよ」という題辞を中国らしく四文字にまとめたもので、青少年の徳育といえば必ず出てくる言葉、八〇後以降の世代の教育のキーワードの一つである。

 

十八条は家庭教育に関する内容である。「町や農村の町内会組織、労働組合、共産主義青年団、婦人連合会などの組織が、家庭における青少年の教育に注意を払い、祖国愛を五好家庭(筆者註:老人を敬い、男女平等で、夫婦は仲が良く、節度のある経済生活を行い、隣近所と助け合える家庭)[ii]、開明的な家庭活動、開明的な市民(村民)教育の重要な内容としなければならない。」というものである。末端組織をわざわざ指名して、家庭教育に影響力を発揮するよう求めている。かなり念の入ったやり方だと思う。

 

そして十九条、これは愛国主義教育のいわばメディア戦略である。重要なので全訳しよう。「青少年の特徴に焦点を合わせ、映像、書籍、音楽、演劇、美術、お話し会などの形を用いて、広く豊富で生き生きした愛国教材を提供しなければならない。各地区と各関連部門は、中央宣伝部・国家教育委員会・広播影視部・文化部が頒布した『優秀な映像運用による全国小中学校における愛国主義教育実施に関する通知』[iii]を確実に実行し、これら優秀な映像教材を教学、教育計画に盛り込み、適宜上映、観察、宣伝、教育に使用する。企業、農村、部隊でもこれらを利用して、若い労働者や農民、兵士に愛国主義教育を行う。」言い方は硬いが要するに、若い人達はテレビや映画が好きだから、それを利用して愛国主義を宣伝しよう、ということである。ちなみに、十九条に示された通知には具体的なリストが添付されている。これによれば、「見なければならない映像リスト」には、小学生十六本(内、日清戦争関連は1本、日中戦争関連は2本)、中高生十八本(義和団事件関連1本、日中戦争関連3本)、「選んで見る映像リスト」は小学生三十四本(日中戦争関連7本)、中高生三十二本(日中戦争関連5本)が載っている。上記のように日本関連の映像教材は少なくない。

 

十五条から十九条まで見て気づくのは、あらゆる場所と手段を以て、愛国主義教育を青少年に浸透させようとしていることである。改革開放後、外国の情報や娯楽が入ってくるようになり、インターネットも発達した現在、愛国愛党思想を保つのは至難の業である。そこで愛国主義教育がより低年齢化し、系統化され、より効果的に行われるようになったと考えられる。ただ、国策や国の権力者の都合で国民の価値観や人生観までに干渉した教育がどんな副作用を伴っているか、までは十分に考えられていない気がする。(2012108日改訂)



[i] 「“四有”新人」は鄧小平が1980526日に『中国少年報』と雑誌『輔導員』に送った題辞「全国の子供達よ、理想・道徳・知識・規律のある人間を志し、人民・祖国・人類に貢献せよ」を「“四有”新人」という言い方でまとめ、青少年の徳育の標語になっている。

[ii] 「五好家庭」は「老人を敬い、男女平等で、夫婦は仲が良く、節度のある経済生活を行い、隣近所と助け合える家庭」を指す。一九五〇年代から中華全国婦女連合会によって広められた家庭の美徳を唱った宣伝活動の標語。特に一九八五年、一九九六年には大きなキャンペーン活動も行われている。

[iii] 「中宣部、国家教委、広播電影電視部、文化部関於運用優秀影視片在全国中小学開展愛国主義教育的通知」(教基[一九九三]十七号、一九九三年九月十三日)




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