「モモタロウ」どちらが面白い?――「ハナハト本」「サクラ読本」2008年09月22日

 ふと気が付くと、机の上に置いておいた「サクラ読本」の「モモタロウ」を娘が読んでいた。全文カタカナとはいえ、旧仮名遣いでもあり、娘には読みにくいはずなのに、あっという間に読んでしまった。「分からない字があるでしょう?」と聞くと、分からない字は前後の文脈から分かるのだという。

 考えてみれば、この教科書は小学一年生用、丁度娘と同じ年頃の子ども達が学んだ教科書である。語彙面でも工夫されて、このくらいの年齢の子供が読んで分かるように、興味を惹くように、考えられているのだろう。

 思いついて「こっちにも載っているから読んでみて感想を聞かせて」と「ハナハト本」を渡した。娘はすぐに読み終わって、「そっち(サクラ読本)は色がきれいだけど、こっち(ハナハト本)の方が面白い」と感想を教えてくれた。

 ところで、「ハナハト本」「サクラ読本」に載っている「モモタロウ」、大抵の日本人が知っているものとほぼ同じ筋である。でも実は、この筋も登場人物の個性も、実は明治以降に国家的な教育政策のもと、本来の伝承とは大きく変えられた内容が定着したものだ。

 「桃太郎」の成り立ちについては諸説あるが、室町時代に幾つかの説話が合わさって発生し、江戸時代に草双紙の赤本により広まったとされる。明治初期までの「桃太郎」は桃を食べたお爺さんとお婆さんが若返ってその間に生まれたのが桃太郎、という話が主流で、このときは「宝物をとりにいく」のが動機の陽気で盗賊まがいの侵略者のお話だった。

 それが、明治期になり、検定教科書『尋常小学読本』(文部省編輯局、1887年・明治20年)に「桃太郎」が教科書に収録されたとき、桃太郎は桃から生まれるように筋が書き換えられ、桃太郎像は孝行者で「悪さをする鬼を懲らしめに行く」のが動機の善の征伐者へと変化をとげたのだそうだ。その後、時代背景に即して、変身を重ね、戦時には軍国主義のシンボル的存在となり、敗戦とともに戦争犯罪人となるに至るのである。それでも、戦後も「桃太郎」は明治以降に作られたイメージで定着している。
 
参考:以前読んだ本の記憶を頼りに、ネットでいろいろ調べました。
『桃太郎像の変容』(滑川道夫・東京書籍)に詳しいようです(未見)。

戦前の国定教科書「ハナハト本」と「サクラ読本」を読む2008年09月21日

戦前の国定教科書2種「ハナハト本」と「サクラ読本」
 博物館のミュージアムショップで戦前の国定教科書の復刊本を見つけた。戦前の国定教科書は、第一学年の国語教科書の最初の頁にちなみ「イエスシ本」「ハタタコ本」「ハナハト本」「サクラ読本」「アサヒ本」の通称がある。今回手にしたのは1917年・大正6年発行の『国語読本』巻一の「ハナハト本」、及び1932年・昭和7年発行の『小学国語読本』巻一=「サクラ読本」である。中国の古い教科書はいつも見ているけれども、日本の教科書の方は新鮮で思わず購入してしまった。

 二冊を比べると…『国語読本』巻一=「ハナハト本」は大正デモクラシーの影響を受けた教科書で、灰白色の表紙に、挿絵も線画で描かれた黒一色刷りである。「ハナ ハト マメ マス」という単語から始まり、子供の生活に身近なものから教材をとった内容が大半を占める。「ハナハト本」の由来でもある「ハナ」、イラストをみると明らかに桜である。他に「さるかに合戦」「桃太郎」が掲載されている。『教科書でみる近現代日本の教育』によれば「ハナハト本」も「ハタタコ本」と比べると国家的・軍事的な色調が濃くなっているそうで、「桃太郎の内容も単純な童話から鬼征伐に力点をおくものとなり、桃太郎のもつ扇も桃の絵から[日の丸]に変わっている」らしい。それでも巻一に限って言えば、目立って国家的・軍事的ということはない。

 一方、『小学国語読本』巻一=「サクラ読本」は世界的な新教育思想の影響を受けた教科書で、薄茶色の表紙に、多色刷りの絵を用いている。特に巻頭の「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」という文章から始まり、サクラが野山に咲く様子が描かれ華やかな印象である。この「サクラ読本」は巻一でも国家的・軍事的な教材が目立つのが特徴だ。「サクラ読本」の名前の由来となったサクラにしても、日本の国花であるし、「オヒサマ アカイ アサヒ ガ アカイ」から更に大きな国旗が掲げられた「ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ」に発展するなど、国家の象徴としての朝日と日の丸が登場し、それらは客観的な説明はなしに、子供の言葉で讃えられる。更に「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」にはじまり、「タラウサン ガ、 グンカン ノ エ ヲ カキマシタ。」「ハナコサン ガ、 フジサン ノ エ ヲ カキマシタ。」「ヒカウキ、ヒカウキ、アヲイ ソラ ニ、ギン ノ ツバサ。ヒカウキ ハヤイ ナ。」といった軍事的な教材もすでに導入されている。前述の桃太郎の教材も11頁から22頁へと長くなっている。

 考えてみれば、「サクラ読本」が発行された1932年は上海事変が起きた年であり、また前年の柳条湖事件に端を発し関東軍が満州全土を占領して満州国を建国した年でもある。この時期、教科書はすでに国民を戦争へ駆り立てる道具として機能していたのである。

読んだ本:尋常小学『国語読本』巻一(「ハナハト本」・大正6年、文部省)復刊本(発行:久保企画)
尋常科用『小学国語読本』巻一(「サクラ読本」・昭和7年、文部省)復刊本(発行:久保企画)
海後宗臣・仲 新・寺崎昌男『教科書でみる近現代日本の教育』(東京書籍、1999)
入江曜子『日本が「神の国」だった時代-国民学校の教科書をよむ-』(岩波新書、2001)

日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』を読む2008年09月09日

日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』
 昨年完成して出版された日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』にやっと目を通した。この本は、日本の歴史教育研究会と韓国の歴史教科書研究会が「正しい歴史叙述」を目指し、日本の東京学芸大学と韓国のソウル市立大学教授が編集を担当、両国の大学教員、博物館学芸員、高校教師、大学院生等が執筆にあたり、10年の歳月をかけて完成した高校生むけの歴史教材である。教科書問題への問題意識から出版された書籍の多くが近現代のみをとりあげている中で、この本は古代から現代までを対象にしているのが新鮮だった。日韓の歴史認識がかけ離れている故に、執筆に際しては相当議論し、苦心したであろうことも十分推察できる内容である。

 特にすごいと思ったのは、百済復興戦争に日本が参戦した経緯、モンゴルの高麗侵略から日本侵略、豊臣秀吉の朝鮮侵略、征韓論のことなども、通説ではなく、新しい研究成果を取り入れていることだ。他にも、両国で歴史的評価が異なる事柄・人物についても、客観的な事実を記述しようとする努力が感じられた。但し、公平性を重んじるからであろうが、歴史評価が分かれる問題等については記述内容が少々物足りないように思った。

 例えば、安重根の扱いである。「一方、義兵として活動した安重根は、1909年満州のハルビンで初代総監であった伊藤博文を射殺した。安重根は裁判過程で日本の侵略を糾弾し韓国の独立を主張して、自身は戦争捕虜であり国際法によって裁判を行うよう主張した。日本は安重根を暗殺者として死刑に処したが、日本人の中には安重根の毅然たる態度に感服する人もいた。」(203頁)安重根が伊藤博文を射殺した事件は、沢山の「?」があり、歴史評価は分かれている。私が知る限りでも、韓国支配の象徴的存在だった伊藤博文を射殺した義士という説、日韓併合に反対していた伊藤博文を射殺したことで併合を早めたという説、二つの異なる見方・歴史評価がある。このような問題の提起と説明は教師に委ねられるのかも知れないが…高校生向けの教材として書かれたものである以上、限界はあるのだろうが、事実の説明だけでは何か物足りない。ここから発展するものがあってもよさそうだ。

 正直いろいろ気になる点はあるものの、基準となるものを作り出す、というかたたき台を作り出したという意味で、大変価値がある仕事だと思う。何と言っても、お互いをよく知りもしないまま批判し合うという状況から、大きく一歩踏み出したのだ。こういう仕事が正当に評価され、またこれをきっかけに議論が喚起され、相互理解が進み、今後の日韓関係に良い影響を与えていってほしいものである。

読んだ本:日韓歴史共通教材『日韓交流の歴史』(明石書店、2007)

いつ着替えたの?――『蒙学体操教科書』(体操科・1903年)2008年05月12日

日本版(原本)と中国版(翻訳)の服装比較

 『小学教科書発展史』に「萌芽期」の教科書として紹介されている体操科の教科書に『蒙学体操教科書』がある。翻訳は「無錫 丁錦」で光緒29年(1903年)に上海の文明書局から初版が出されている。 『蒙学体操教科書』は表紙に「初等小学堂学生用書」とあり、小学生向けであるが、整列、行進、方向転換の方法などが教えられ、挿絵にも軍人らしき人物が描かれ、軍隊の教練を思わせる。

 この『蒙学体操教科書』の原本、筆者の調査によれば、坪井玄道,田中盛業編『小学普通体操法』(金港堂、1884年-明治17年)第一冊である。両者を比較すると、資料集に採られた部分を読んだ感じでは、ほぼ忠実に翻訳されている。但し、版本は筆者が確認したものとは異なるようである。というのも、筆者が確認した国会図書館の近代デジタルライブラリーの『小学普通体操法』と翻訳書では、挿絵が微妙に異なるのである。

 原書『小学普通体操法』にはシャツとズボンを着た先生or生徒らしき人物が、翻訳書には軍服を着た軍人らしき人物が描かれているのだ。どこで着替えたのだろう。もしかしたら、『小学普通体操法』は改正版が1888年-明治21年に出ているので、このとき書き換えた可能性が高いように思うが、中国語に翻訳されるときに手を加えたのかも知れない。また、なぜ服を換えなくてはならなかったのかも疑問である。もしご存知の方がいたら、ぜひ教えて欲しい。

参考:  司琦 著 国立編訳館 主編 『小学教科書発展史』

 坪井玄道,田中盛業編『小学普通体操法』は、国会図書館近代デジタルライブラリーの以下のURLで画像を見ることが出来ます。http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40075688&VOL_NUM=00001&KOMA=1&ITYPE=0

近代日本・中国における女子の体操教育2008年05月07日

 纏足、家に閉じこもる生活…は何世代にもわたり中国女性の健康を蝕んできた。近代、女子の体質改善のための教育が注目され、女子小学堂は初期から学習内容に体操科が組み込まれる。このとき使用された教科書は、中国より一足先に欧米の教育を取り入れた日本の教科書からの翻訳が多かったようである。

 資料集にある『高等小学遊戯法教科書』は運動の方法や着衣の説明、衛生等留意すべき事などを総論で紹介した後、数多くの身体を動かすゲームの類を紹介している。これは日本の山本武『新案遊戯法』(全115頁、出版者・松村九兵衛、明治30年出版)の翻訳(翻訳者は無錫 丁錦)で、光緒29年(1903年)に初版が文明書局より出された教科書である。

 日本で出版された原書をみると、女性の健康に関わる部分が「緒言」にある。

 「本書遊戯中女子ニ適スルモノ亦多シ。本邦女子ノ孱弱(センジャク=痩せて弱々しいこと)ナルコトハ身体ノ育成ニ於テ足ラザル所アルニ由ルナリ。西哲言アリ女子ノ健康ハ国家ノ健康ナリト。他日人ノ母トナルニ此ノ人ヲシテ健康ナル児ヲ挙アゲシメン。」

 という内容である。当時の中国で読まれても恐らく違和感がなかったと思われる。日本女性もまた当時は虚弱であり、同じ問題を中国も抱えていたのである。もっとも、中国の場合は纏足もあったから、事態はより深刻であった。そして更に、国家の健康の為に、女性の健康が望まれる、という論法も日本と中国で共通していたことを発見するのである。

参考:山本武『新案遊戯法』は、国会図書館近代デジタルライブラリーの以下のURLで画像を見ることが出来ます。http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40075759&VOL_NUM=00000&KOMA=1&ITYPE=0

娘がもらった国語教科書2008年04月27日

 娘が小学校に入学した日、教科書をもらってきた。国語は「あたらしいこくご」一年(上)、出版社は東京書籍、全100頁(含付録)である。

 早速ページをめくってみた。可愛いイラストと大きいひらがなが印象的である。最初の「うれしいひ」は「おや なにかな」の台詞の後は、ほぼ動物が沢山出てくるカラフルなイラストのみで物語が表現される。子供の想像力を引き出す教材であるらしい。あいさつ、あいうえお、ことばあそび、話す練習などが続く。一冊に収録されているお話は、もりやまみやこ「てがみ」、トルストイ再話「おおきなかぶ」の二篇である。「てがみ」は主人公のきつねくんが、けがをして休んでいるねずみさんに書くほのぼのとして心温まるお話、「おおきなかぶ」は次々と家族やいぬやねこ、ねずみも加わって、おおきなかぶをひっこぬくだけのストーリーで、台詞は「うんとこしょ、どっこいしょ」のかけ声だけ、なのが面白いお話。考えてみれば「おおきなかぶ」はロシア民話の再話だから、これを一年生が国語として学ぶことに対しては、不思議な感じもあるが、うちだりさこさんの訳「うんとこしょ、どっこいしょ」のかけごえの繰り返しが何とも絶妙だから、選ばれたのだろう。その後は絵本の紹介あり、絵日記の書き方あり…そして「かんじのはなし」で漢字のなりたちなどについて学び、更に「かぞえうた」で漢数字を学ぶ。上冊で学ぶ漢字は「山」「川」「木」「口」「目」「上」「下」「日」「月」「手」「耳」の11文字及び漢数字「一」「二」「三」「四」「五」「六」「七」「八」「九」「十」10文字の合計21文字である。

 東京書籍のHPにあった「平成17年度版『新編 新しい国語』年間指導計画(一年)によれば、1学期はひらがなの練習が主で、2学期9月になってようやく漢字の勉強が始まる。上冊はここまで。一年生で習う漢字は80字だから、下冊で59字学ぶわけだ。ちなみに現在の学習指導要領では、小学校の6年間で学ぶ漢字の数は1006字である。

 裏表紙に「この教科書は、これからの日本を担う皆さんへの期待をこめ、国民の税金によって無償で支給されています。大切に使いましょう」とあった。どうぞ、大切に使ってくださいね。

参考:「あたらしいこくご」一年(上)、平成16年検定済み、平成20年発行、東京書籍 「平成17年度版『新編 新しい国語』年間指導計画(一年)」東京書籍 http://www.tokyo-shoseki.co.jp/