科挙の応募資格2009年05月07日

 一口に科挙といっても千年以上の歴史がある制度だけに、幾多の変遷を重ねている。ここでは宮崎市定『科挙-中国の試験地獄』が紹介する、科挙制度が形式上もっとも完備した清朝末期の状態を基準として、何回かに分けてその構造を見てみようと思う。

 まずは応募の資格についてである。言うまでもないが、女性には応募の資格はなかった。男性については…科挙とその予備試験ともいえる学校試の応募資格には多少の制限があった。それは父祖三代の間に賤しい職業、例えば娼館、妓楼などの経営に従事したものでないことを要する。そのために出願書には保証人を立てて、三代の身分が清白であることを証明しなければならないというものであった。また、本人が父母、祖父母の死後一年ないし三年間の服喪中でないことを要する規定もあった。これは儒教的な親に対する孝行をつくす心を重んずるところから出ており、服喪中に公の場に出ることは全て遠慮せねばならなかった。

 しかし、その他の点ではどんな身分であっても受験でき、また父祖が、官吏であったとしても特典はなかった。

参考:宮崎市定『科挙-中国の試験地獄』(中公新書、1963初版) 

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