トマトって奥深い…2008年07月05日

 我が家の家庭菜園(!?)のプチトマトに実がなった。ビー玉くらいの大きさの緑色の実が20個はある。植物を枯らすのが得意な私としては快挙である。どうかこのまま無事に大きくなってね~、と日々眺めているのだが…
 トマトの栽培法を調べていて、つい別のことが気になって寄り道…トマト、実に奥深い。
 トマトの呼び方もいろいろあることを今更ながら知った。日本では「トマト」の他に「赤茄子(あかなす)」「小金瓜(こがねうり)」「蕃茄(ばんか)」ともいうらしい。
 そういえば、中国語では「西紅柿」「蕃茄」「洋柿子」はよく聞く言い方だし、俗称は山ほど…「六月柿」「狼桃」「番李子」「金橘」「洋海椒」「毛臘果」「西番柿「番柿」「火柿子」「酸茄果」「洋茄」等々…。以前「狼桃」のジュースというとっても美味しい「トマトジュース」のを飲んだことがあります。こちらは「狼桃」という病気も寄せ付けないとっても強い野生派トマトの名前のようだが…そのあたりから命名したものかも?
 歴史を繙けば(付け焼き刃の知識でごめんなさい~)トマトといえば、メキシコからコルテスが1519年ヨーロッパへ持ち帰ったのが有名だが…中国ではその200年も前に本にその存在が記されている。元朝の王楨は『農書』(完成は1313年)で「又一種白花青色稍匾﹐一種白而匾者﹐皆謂之番茄﹐甘脆不澀﹐生熟可食。」と書いているそうだ。「甘くて歯触りがよく、渋くなく、生でも煮ても食べられる」とは、中国では早くから「蕃茄」として食べ物として認識され食されていたわけだ。一方、ヨーロッパでは当初、トマトは「ベラドンナ」と似ていることから毒があると思われて専ら観賞用であり、食用に供されるようになったのは18世紀になってからだったという。
 王楨の『農書』が1313年、スペイン人のコルテスがメキシコから持ち帰ったのが1519年、ちなみに日本には江戸時代の寛文年間に長崎に伝わったものの、真っ赤な色が敬遠されて、「唐柿」と呼ばれ長らく観賞用であった。日本で食用に利用されるようになるのは明治以降、広く食されるようになったのは昭和に入ってからだそうだ。