オスネコ?2012年03月21日

昨日ドイツ語講座をなんとなく見ていたら、ドイツ語では二日酔いを“Ich habe einen Kater!”「オスネコを持ってる」って言うそうですね~。ドイツ語は勉強したことないけど、なぜなんだろう、と我が家にあった独日辞典(私のじゃないですよ、もちろん)をめくってしまいました。もとは学生言葉で、オスネコの声が嘆きの声に聞こえるところから来たとか。言葉ってふしぎ~。こういう言葉に出会うとちょっと嬉しくなります。

日本語勉強中のドイツの方が「オスネコを持っている」と言っていたら、それはもしかしたら、二日酔いを指しているかもしれません。

気づいたら、ブログの更新が滞ってしまいました。これから徐々に復帰しますのでお見捨て無く~。

旧暦と農歴2012年01月27日

 日本語の「旧暦」と中国語の「農暦」、以前はうっかり同じものだと思っていた。でも日本の「旧暦」は1844年(江戸時代・天保5年)制定された「天保暦」、中国の「農暦」は明末に編纂され1644年に清によって制定された時憲暦を指す。

 日本の「天保暦」は土台はもちろん中国暦で、これに明末中国入りしたキリスト教宣教師マテオ・リッチ等による中国語の天文書が日本にも極秘に輸入され西洋天文学の知識が導入されたと言われる。一方、中国の「時憲暦」はまさにそのキリスト教宣教師アダム・シャール等と明の官僚徐光啓等の血と汗と協力の結晶で中国初の西洋暦法である。日本では1872年(明治5年)、朝鮮半島では1896年、中国では1912年にグレゴリオ暦に改定された。

 今、中国、台湾、韓国他、農暦を使う国ではお正月休みの真っ最中である。日本に住んでいると、ぴんと来ないけれど、春節を迎える度にこの暦が生きていることを実感する。

新年あけましておめでとうございます2012年01月06日

新しい年が明けました。

思えば昨年は日本人にとって大きな試練の一年でした。大地震、原発事故、台風…あまりにも多くの犠牲者…天災と人災の余波は今も続いています。今まで当たり前だと思っていたことが、実はかけがえのないものだと気づかされましたし、様々な形で安全についても考えさせられました。

 一方、昨年は、日本国内はもとより、中国や韓国、東南アジア、インド、アラブ諸国、アメリカ、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アフリカ…世界中の人々が被災した人々に能う限りの支援を贈り、優しい眼差しを注ぎ、温かい声や歌を沢山届けてくれた年でもありました。年末恒例の紅白歌合戦の歌も、心に響く温かい言葉と歌に溢れていました。これら温かい心こそが、これからも試練が続く日本社会を支える希望となり、活力のもとになると信じたいです。私も一つでも多く出来ることを探したいと思います。かけがえのない人生、いつ終わるか分からない人生、精一杯生きたいものです。

 本年もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

台湾の地図で学ぶ地理の基礎知識-義務教育課程標準実験教科書『地理』2011年12月13日

思想教育とはこういうものも指すのだろうか。いまの中国の中学生は台湾の地図で基礎知識を学んでいるようだ。義務教育課程標準実験教科書『地理』七年級上冊、を見ていて偶然見つけた。

 この教科書、第一章「地球と地図」第三節「地図」の第一項「地図の基本要素」に見える地図、なんと台湾の衛星写真と台湾島の地図である。説明文はただ地図とは何かを説明する内容で「台湾」の文字はない。七年級というのは日本なら中学校一年生にあたる。恐らく地理のはじめの授業で見る地図、印象は深いはずだ。中国なら中国地図が載るのが普通だろう。それをわざわざ台湾の地図にしている。

今の中国の教科書は以前ほど思想教育的には見えない。かつては沢山載っていた政治家や烈士の逸話は目に見えて減った。でも、いろいろなところに、さりげなく潜んでいるものを見つけるたびに、本質的には変わっていないことに気づかされる。

参考:義務教育課程標準実験教科書『地理』七年級上冊(2001年第一版、人民教育出版社)

中国の地理教科書

皆既月食観測中2011年12月10日

今日は11年ぶりの皆既月食である。
21時45分、家族で双眼鏡を手に外に出た。
南の空をのぞむと、雲はあるものの、月は出ていた。少し左下がかけ始めているのが見えた。外は寒いので、時間をおくことにして、一旦家に戻った。皆既の少し前に再び外に出ると、すでに細い三日月くらいになった月の形が、徐々に細くなり、やがて影に覆われた。
皆既月食
皆既は23時5分から58分まで、今日は少々夜更かしすることになりそうだ。

溶連菌にご注意を2011年12月09日

娘が「耳が痛い」「聞こえにくい」というので慌てて耳鼻科へ行った。
幸い耳は大丈夫だったが…
「溶連菌が出ていますね。明日から三日間学校は休んでください。」
というわけで、今週は完全に家に閉じこもりきりに。
溶連菌はアレルギー性紫斑病の再発にもつながるから、油断できない。
娘は(もちろん私も)週明けに学校へ行くのをを楽しみにしている。
溶連菌感染症が流行っているようです。皆様もどうぞご注意を。

敗者復活が難しいフランスの学校制度2011年09月29日

忙しいのに、というか、忙しいから?ついつい本に手が伸びてしまって…
昨日は安達功『知っていそうで知らないフランス』を一気読みしてしまった。この本の副題「愛すべきドンデモ民主主義国」に惹かれて手に取ったら、面白くてついついとまらなくなってしまったのだ。

大まかに言って、内容の半分はフランスの社会や文化史、レジスタンスの歴史やフランス人の人権や環境等についての価値観、半分は記者である著者安達氏が見たフランス政界の内側について書かれている。この中で私が最も興味深く読んだのは、第2話「エリートとグランゼコール」である。

フランスではエリートと庶民が明白に分かれており、どの地域で小学校に入るか、で大学に行けるかどうかがほぼ決まるという。例えばパリなら郊外や下町はチャンスは少なく、中心部の方がチャンスが格段に多い、つまり庶民には大学進学のチャンス自体が元々少ないということである。更に職業高校へ行ったら、大学へ入学するチャンスは全く無い。人生の全てが出身家庭や進んだ高校で決まる…のは日本も同じようなものだが、日本の場合は、高校を中退しても大検を受ければ大学に進学できるし、公務員試験や司法試験だって年齢制限等をクリアできれば受験できるから、まだリベンジの機会は残されているように思う。フランスのように、18歳までの経歴で進路が固定され、その後伸びるかも知れない人にチャンスが与えられないとしたら…なんと大きな損失だろう。反対に大学に入ってから、職人の道へ進もうと思っても、それも許されないという。幸い「留学」という手段があるから、道は残されていると言えなくはない。少なくとも、日本と比べてフランス社会に敗者復活の機会が少ないことは明らかである。フランスのエリート社会についての話は折に触れて聞いていたが、ここまでの「単線構造」の社会だったとは!正直驚いた。

では、「単線構造」の頂点にいるエリートとはどういう存在なのだろうか。エリート中のエリート「グランゼコール」出身者は政・官・財・学の全ての分野で特権的な地位をほぼ独占している。グランゼコールとはフランス独自の高等教育専門機関である。大学入学資格取得のための統一試験・バカロレア試験を受けて特に成績優秀な者のみがグランゼコール準備学級(2年間)に進んで1/4ほどに選抜され、卒業後にグランゼコール選抜試験にのぞみ、合格した者だけがグランゼコールに進む。グランゼコールの学生は公務員扱いなので給料も支払われる。卒業後は専攻分野のエリートとして扱われることになる。一般大学出身者とは明白な区別があるらしい。更にグランゼコールはフランス全土に200校ほどあり、その卒業生はエリート中のエリートだが、実は本当の特権階級を形成しているのはグランゼコールの名門数校の卒業生であるという。彼らこそが今のフランスの貴族階級のようなものだ。制度上、誰にでも開かれているように見えながら、実際には庶民には閉ざされているエリートへの道、科挙みたいだ。

そうだ、そもそも、このエリート選抜方法は、どうやら中国の科挙に似ている。つまり、一般大学出身者は科挙の郷試にまで受かった人達、グランゼコール出身者は科挙の殿試にまでいった人達、というところ。そういえば、17-18世紀にかけて、ヨーロッパと中国は貿易商や宣教師を通じた文化交流があり、シノワズリと呼ばれる中国趣味の美術様式が流行った時代があったことはよく知られている。そういえば、乾隆帝に仕えたイエズス会の宣教師が科挙をフランス国王に紹介していたような気がする。うーん、ちょっと調べれば、誰かがきっと何か書いてくれているに違いない。これは今の仕事が終わってから「ちょっと調べ」ようっと。

読んだ本:安達功『知っていそうで知らないフランスー愛すべきトンデモ民主主義国』(平凡社新書)

地球人10周年のお祝い2011年09月23日

 今日は娘の10歳の誕生日、もらったカードにこんなメッセージがありました。
「地球人10周年おめでとう。りっぱな地球人になって地球のために活躍することを期待しています」

 10周年を迎えた地球人を囲んで、ささやかに誕生会をして、ビデオの成長の記録を鑑賞しました。一日一日、一歩一歩成長し、少しずつ出来ることを増やす中で、10歳を迎えたのだと、感慨に浸りました。私自身、何も分からない状態から、娘のおかげで少しずつ母親になっていったのだと、気づかされました。

 先日テレビで宇宙ステーションからのライブ中継を見ました。地球をうっすらと覆う青い空気の層やスプライト現象の映像を目の当たりにして、我々は数え切れないほどの偶然と微妙なバランスの中で生かされているのだと感じました。そのかけがえのない命…大事にしたいですね。

  さて…新しいお仕事が入ったので、しばらくそちらに集中しなくては。

北野武『たけしくん、ハイ!』を読む2011年09月22日

 図書館で見つけて、何気なく手に取った『たけしくん、ハイ!』。地の文が、北野武氏の口調で書かれていて、なんとも微笑ましく、ページをめくる内にいつの間にか引き込まれてしまった。

 子供時代の生活の描写は素朴でありつつ、細かい部分を適切に捉えている。登場するのは、ほろ苦い思い出ばかりだが、彼独特の口調で語られるとき、何かおかしみも感じさせる。子供だった彼の表情や、彼が見た様々な事物が、目に見えるようである。さすがに喋ることを生業にしている人だけのことはある。

気づくのは、生活の背景にある当時の日本の貧しさや金持ちと貧乏人の格差がヒシヒシと感じられたことである。彼の家庭も貧しいけれど、同級生にもボロボロの家に住み学校にもまともに通えない子、兄弟の子守をしながらも野球をする子等がいる。かつて、両親にも、戦後の貧しい日本についていろいろと聞いたのを、この本のおかげで思い出した。

読んだ本:
北野武『たけしくん、ハイ!』(太田出版、1992)


『チャイナ・ドリーム-世界最大の市場に魅せられた企業家達の挫折』(上)を読む12011年09月21日

 娘の夏休みが終わり、やっと時間が出来て、ジョー・スタッドウェル『チャイナ・ドリーム-世界最大の市場に魅せられた企業家達の挫折』を読んでいます。この本の著者はジャーナリスト、欧米的な価値観でみる中国と中国市場は、我々の従来の中国像とは、全く違うことに気づかされます。

 その意味で、私にとって特に興味深かったのは第一章「歴史を貫く夢」でした。日本人は黒船から始まる近代の記憶があるだけに、中国人の近代における欧米列強への被害意識に共鳴する面がありますけれど、『チャイナ・ドリーム』冒頭にみる欧米の中国進出の歴史は、黄金の眠る別世界に挑む冒険家の一代記のようです。


 第二章は、改革開放を演出した鄧小平について、第三章以降は前世代でなしえなかった巨大市場中国への進出を目指し、新たなる冒険を開始した企業家達の挑戦の軌跡です。10億人以上の人口を有する中国は、他とは比べものにならない巨大な市場であり、それゆえに経済開放政策が始まると、国内外の企業家が「チャイナ・ドリーム」に資金と精神力と時間を惜しげも無くつぎ込んできました。この本には欧米諸国の企業家に限らず、国を挙げて中国進出をバックアップした例、日本、台湾と香港、東南アジアの華人企業家も登場します。しかしながら、真に成功を勝ち得たのはごく僅かだといいます。沢山の実例が挙げてあるので、世界に名だたる多くの大企業家による中国市場への挑戦と挫折の経緯が分かります。

 考えられるあらゆる手を打ち、国を動かし、マスコミ向けには成功を演出していても、中国国内と競合しない分野や輸出業等ごく一部の例外を除けば、ほとんどが投資に見合った成功を収めていないというのです。なぜそんなことになったのでしょう。以降下巻の感想で。

読んだ本:
ジョー・スタッドウェル 著/鬼沢忍・伊東奈美子 訳『チャイナ・ドリーム-世界最大の市場に魅せられた企業家達の挫折』(上)(早川書房、2003年)
参考:
ジョー・スタッドウェル氏のブログ http://joestudwell.com/