フィンランドの学力を世界一にした教育相オッリペッカ・ヘイノネン2008年06月04日

 PISAでフィンランドが学力世界一を二回連続で達成したことで、日本でも「フィンランド・メソッド」が注目され、解説書や教科書の翻訳版が出版されている。それらに目を通した感想については以前書いた。しかし、その時点では、教育方法、教科書の素晴らしい部分は感じつつも、解説や本文から透けて見えてくるフィンランドという国について未知の部分が多すぎた。

 そこで読んでみたのが、『オッリペッカ・ヘイノネン「学力世界一」がもたらすもの』(NHK出版)である。これはフィンランドの教育改革を主導したオッリペッカ・ヘイノネン元教育相を教育学者・佐藤学氏がインタビューした記録であり、佐藤氏自身がフィンランドを訪れて各地の学校を視察した結果を踏まえたフィンランド教育の分析を分かりやすく披露した本でもある。

 佐藤学氏の解説を読んで分かったことだが…フィンランドの学校は日本や中国とはずいぶん違うのである。フィンランドは人口520万であるが、国土面積は日本とあまり変わらない。人口密度は日本と比べて相当低い。学校は子供の居住地から半径5キロ以内に建設することが法律で決まっており、3キロ以内はスクールバスが、3~5キロ以内の子供はタクシー(公費)で通学している。小学校は平均して70名程度、中学校と高校は150名程度だそうである。都市郊外、田舎の小学校では、生徒60名ほど、教師は校長を含めて3-4名、給食の職員1名、中学校と高校では生徒150名程度、教師が10-12名、給食の職員が2名に、スクールカウンセラーが1名というのが一般的である。従って学級規模も小さく、小学校の一学級は20名程度、中学校と高校の一学級は16名程度、学級の規模が小さい為、複数学年が一クラスになる複式学級が多いという。

 国の教育への保護も厚い。たとえば、フィンランドの学校は…教科書の他、鉛筆、消しゴム等の学用品は全て配られ、学費はもちろん、給食費も無料である。私立も公立も、国内のどこに住んでいても全く変わらない水準の教育を受けられるよう配慮されている。PISAでは、フィンランドは男女共に世界一の水準の学力であり、男子生徒が優位とされる科学リテラシーと数学リテラシーにおいても、女子生徒が男子生徒と同等の成績を達成していたという。また、学力平均が高く、学力格差が少なく、そして成績下位者が驚くほど少ないというのが大きな特徴であったらしい。

 また、教科書に検定制はなく、国家は教育目標の大まかなところを決めているくらいで、教育内容については地方自治体や学校の自由裁量に任されている。教師の質も高い。教師は、幼児教育は学部レベル、小中学校教育は修士レベルの学歴が必要である。ついでながら教師は最も人気のある職業で、最も優秀な学生がなる職業だという。

 実はフィンランドも1990年代初め、失業率20%を越える不況に苦しんでいた。この危機に際し、フィンランドは教育に関わる公務員を増やし、教育に莫大な予算を投入、即ち国の未来を背負う教育に投資し、現場の教師達とも意思疎通を図りながら改革をやり遂げたのである。結果IT産業の成長で景気は回復、経済成長と教育改革の両方を成功させた。当時の教育相オッリペッカ・ヘイノネン氏の洞察力と改革方法の素晴らしさは、成功の大きな要素であったと思う。もっとも、この成功には、フィンランドの国民性、文化、社会構造など、複合的な要素が背景にあり、日本ではそのまま通用はしないだろう。それでも、大いに参考になるはずだ。経済危機にあって、むしろ教育に投資して人材を育成することで新しい産業を興し、或いは産業を活性化させる、という思考法と方向性は日本でも十分通用するし、また国民ものぞんでいるのではないかと思う。

 ここまで考えて気がついたのは、中国の近年における「素質教育」の流れ(重点学校や重点クラスを廃止し、教育の機会の平等を図り、発想力や創造力などの資質向上の教育を推進する)は、教育の質と平等の両方を実現したフィンランド・メソッドに関係があるかもしれない。PISA及びフィンランド教育に対する中国における反応を確認してみよう。

 最後に佐藤氏とのインタビューでオッリペッカ・ヘイノネン氏が引用した格言を紹介して終わろう。

It takes a village to raise a child ひとりの子供を育てるには一つの村が必要(アフリカの格言。社会全体で教育制度を考えなくては、という意味合いから) Non scholae sed vitae discimus. 学校のためでなく人生の為に学ぶ(ラテン語の格言)

参考:『オッリペッカ・ヘイノネン「学力世界一」がもたらすもの』(NHK出版)

コメント

_ おとうさん ― 2015年12月12日 11時03分29秒

NHKの特集をまとめたノートにオッリペッカさんのことが書いてありました。最近の政策で教師を減らす動きがあるのはどーなんだろうと思っていたので2009年のものを引っ張り出して読んでみましたがその後が気になって検索してここに流れ着きました。2008年のものなのでしたが面白かったので足跡つけちゃいました。。2015年のフィンランドをこれから調べます。笑

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