愛国主義教育実施綱要の中身4-第二章(3/3)2012年10月03日

さて、十三条と十四条である。これも現在の共産党の基本路線に対応しているのだが、九-十二条とは異なるので別に紹介することにした。その違いを象徴するのが、この二つの条項に見える「宣伝」という言葉遣いである。ここは重要なので、以下、条文を全訳して詳しく見ていこう。

 

十三条は「民族団結教育を行わなければならない。中華民族は多民族の大家庭である。奥地、辺境であろうと、漢民族地区、少数民族地区であろうと、マルクス主義の民族観、宗教観と共産党の民族政策、宗教政策の教育[i]を強化して、各民族人民が民族団結と祖国統一に多くの努力を払い歴史的に貢献してきたことを大々的に宣伝しなくてはならない。各民族人民の中で、漢民族は少数民族、少数民族は漢民族から離れられないという思想を強固にし、民族団結と祖国統一を擁護するよう自覚させる。」というもので、明らかにこの条項は民族教育の方針を示している。

 

この条項で述べられている「各民族人民が民族団結と祖国統一に多くの努力を払い歴史的に貢献してきたことを大々的に宣伝しなくてはならない」、この方針に基づいて、教科書にはどんな教材として登場しているのだろう。現行の語文教科書(日本の国語にあたる)に収録している教材を見ると、例えば、「最後の戦象」[ii]日中戦争期の一九四三年に雲南省のタイ族自治区シーサンパンナを舞台に日本軍と戦って傷つき死にかけた戦象の最期を看取り弔う話が載っている。戦象は軍事用に使われた象のことで、戦車の代わりに古代から使われた大変破壊力のある乗り物である。でも、今の中国の子供達がこれを読んで思い浮かべるのは動物園の愛すべき象の姿、それが血まみれで倒れている場面であろう。子供の心理をよく研究して作られている教材である。この物語を通じて漢族とその他の民族の子供達は、少数民族も日中戦争を戦い「祖国統一に多くの努力を払い歴史に貢献した」と教えられるわけだ。ついでに言えば、当教材で日本軍は「日寇」「鬼子」と表現されており、宣伝の結果イメージが悪くなるのはここでも日本ということになる。他にもチベットやモンゴル、ウイグル、朝鮮等を舞台に、漢族と少数民族の絆を素材にした教材が多数編まれている。

 

一方、十四条は「‘平和統一と一国二制度’の方針に基づいた教育を行わなくてはならない。全面的、及び正確に党と政府の祖国統一問題状の基本的立場と方針政策を宣伝し、祖国統一の進展状況と重要な点を理解させる。香港、台湾、マカオの同胞が祖国統一に果たした貢献の宣伝に注意を払い、国外の華僑や華人、海外からの帰国者が愛国心と愛郷心から行った事績を宣伝する。」というものである。則ち、台湾との平和統一と一国二制度[iii]の方針を国民に教育するとともに、台湾、香港とマカオ、海外の華僑や華人を対象に、愛国心、愛郷心を植え付けるための宣伝を行う[iv]、というのである。この語調には強硬な姿勢は感じられず、むしろ、台湾、香港、マカオの同胞と華僑、華人等を聴き心地の良い宣伝によって、取り込もうとする意図が見える。

 

上の条文だけ読めば、これが反日感情とは何の関係もなさそうに見える。でも、この条項は反日感情と恐らく関連がある。この条項の方針に沿った教材はすでに教科書に多数収録されているので、例を示そう。例えば、「海峡を越えた命の橋」[v]である。これは台湾青年の骨髄が上海で入院している中国の少女の命を救う、という感動的な話だ。かつては、国民政府が共産党を弾圧した話が愛国主義教育に一定の割合を占めていたが、現在ではそのような教材はすっかり姿を消し、平和ムードで両者の絆が教材上で演出されるようになった。この変化はもう一つの問題をも引き起こしていると想像できる。つまり以前の敵・悪者は、国民政府と帝国主義日本の二者だったが、今では帝国主義日本だけになっている、という事実である。

 

十三条と十四条の意図は主に民族教育と台湾との平和統一の宣伝である。だが、そのために作られた教材は結果として、日本の更なるイメージダウンを招いていると思う。ここにも反日感情の原因の一つが見つかった。(20121013 改訂)



[i] 条文においては、宗教政策に言及しているが、現状では宗教は中国共産党の統制下にあり、未成年者への宗教教育は認められていない。但し民族学校はある。民族学校の特徴は二つ、一つ目は教授用語が民族語であること、二つ目は民族語の授業があることである。二年前、チベットで民族語による教授を撤廃する決定に対し、大規模なデモが起きたことがあった。

[ii] 「最後一頭戦象」(六年級・上、人民教育出版社、二〇〇六年六月第一版、二〇一〇年五月第六次印刷)

[iii]一国二制度は元々台湾統一のために考えられた制度であるが、現在はかつてイギリスの植民地だった香港とポルトガルの植民地だったマカオにおいて行われている。

[iv] いま、香港にも愛国主義教育の手は確実に伸びている。二〇一二年五月、香港特区政府は中国国民としての愛国教育「徳育及び国民教育科」を二〇一二年九月の新学期から普及させ三年後に必修化する計画を発表した。しかし、この発表を受けた香港住民が抵抗に立ち上がり、二〇一二年七月一日には四〇万人規模、二十九日にも洗脳教育反対の九万人規模のデモが行われ、ハンストや授業放棄などで学生が抵抗するなど、大きな騒ぎに発展、ついに九月八日夜、計画は必修化の期限は撤回され、学校毎の判断に任されることになった。

[v] 「跨越海峡的生命橋」(四年級・上、人民教育出版社、二〇〇四年六月第一版、二〇一〇年六月第十一次印刷)