二〇一二年新学期、中国の一部小中学校に本格導入された国防教育(訂正)2012年10月17日

 今年九月の新学期から、中国の北京市や河北省等一部の省市の小中学校に「国防教育課」(以下、国防課)なる新しい科目が新設された。まだ調べ始めたところで、よく分からないが、二〇〇一年あたりから一部の小中学校で実験的に導入して準備が着々と行われていた模様だ。授業時間は小学校が毎学期(前後期二学期制が一般的、一部に三学期制も)四時限分、中学校が五時限分を国防教育の授業にあてることになっている。なお、国防課を教えるのは思想品徳、歴史、国語の教師らしい。(中国の小中学校は一般的に教科担任制)

でも、小学生に国防教育って?国防課って一体どんな内容なのだろう。ヒントを探していたら、国防教育を他に先駈けて行っていたらしき小学校の教師のブログを見つけた。そこで国防課の小学校一、二年生の授業計画(二〇一〇年の内容)をちょこっと覗いてみることにした。

まずは小学一年生から。この授業計画では、一年生の国防教育は後期から始まる。まず国歌、国旗歌、共産児童団歌、校歌を学び、学校で毎日行われる国旗掲揚式の手順と守るべき規則を身につける。子供達は国旗と国章に敬意をもつことをこの時期に学ぶのである。日中戦争の映画「小兵張嘎」(作家・徐光耀の作品を改編)、日中戦争期の児童団員の活躍を描いたという「紅孩子」(未見)なども見ることになっている。

二年生になると内容は格段に増える。映画「閃閃的紅星」(ピカピカの赤い星、といった意味)、映画「劉胡蘭」と毛沢東の題辞、小英雄「雨来」の話から日中戦争について学ぶ。「閃閃的紅星」は地主にいじめ抜かれた村を紅軍が解放するお話だったように記憶しているので、紅軍の活躍がメインかもしれない。劉胡蘭は実在の女性の共産党員で国民政府に捕らえられ処刑された人物であり、最期まで投降せず、その気高さを毛沢東が讃えた題辞が有名である。「雨来」は日中戦争期、凶暴な日本軍人に村が襲われるが、酷い目に遭っても口を割らず、連絡員を守り、自分も得意な泳ぎを生かして難を逃れる話である。ちなみに雨来は実在の人物ではなく、作家・菅樺が書いたお話である。「劉胡蘭」「雨来」の教材はいずれも一九八〇年代の教科書に収録されている。他にも、人民解放軍の構造や役割と貢献、孫子の兵法、そしてここで最初に国防とはなにかを学ぶ。国防を学ぶ導入として、意外にも映画「007」が例に採られ、スパイとは何かを教えている。とにもかくにも、非常に盛りだくさんのメニューになっている。

ここまで見て気がついた。これはどうやら実験段階の授業計画で、内容が多すぎる。規定の時間ではとても終わらないだろう。現行の教科書と同じ内容ではないかもしれない。それでもやりたいことは全部入っているようにみえるから、参考にはなると思う。それから、もう一つ、かつて国語教科書に載っていた国民政府関連の教材はこちらに移されたのかもしれない。これはぜひ検証したい。できることなら国防課の教科書を見てみたいものだ。

国防教育は一九八〇年代後半には大学レベルで軍事訓練等の導入が行われている。しかし国防教育が系統的に教育システムに組み込まれ、小中高大の全ての段階で義務化されるようになるのは、冷戦崩壊という外部環境の「深刻化」という背景が契機となり、一九九三年から九四年にかけて「国防教育法」が起草制定されて以降のことである。鄧小平は「国防教育は赤ん坊のときから始めよ」と述べた。でも、実際に青少年全体に国防教育を行き渡らせるための行動を起こしたのは江沢民である。江沢民は「国防教育を思想教育の総体系に組み入れよ」と題する論文を一九八八年十月二十五日の『解放軍報』に寄稿し、その後の一九九四年の国防教育法の制定他を主導している。今回の国防課の新設もその流れの一環とみて良いだろう。(2013年4月3日改訂。)
(ブログ読者より「国防課の開設は全国一斉ではなく一部省市では」とのご指摘をいただき、確認の上訂正しました。間違った記事によりご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。)

参考:2010-04-21 | 一年国防教案(張暁春老師的網校Officeより

弓野正宏「中国「国防教育法」の制定と施行--軍民関係制度化の意義と限界--」(早稲田大学リポジトリ)
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/30584/1/SeijiKeizaigaku_369_00_005_YUMINO.pdf