来年秋の中国の地理教科書は「釣魚島」で修訂!? ― 2012年10月21日
今回の尖閣問題の日中間の紛糾は、中国の地理教育にも影響を及ぼすことになるかもしれない。中国のマスコミ各社は、来年秋の中学二年の地理教科書(人民教育出版社版)の修訂の可能性を伝えている。修訂内容は「釣魚島」、つまり尖閣諸島についてである。
修訂される前に現行の地理教科書における「釣魚島」の記述をおさえておこう。現在でも「釣魚島」に関する記述は地理教科書に存在する。でもそれは、地図に表示され、「祖国の神聖なる領土-台湾省」の単元で二回登場する程度の小さい扱いに過ぎない。授業の内容の重点も完全に台湾にある。
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祖国の神聖なる領土-台湾省
台湾省は台湾島、及び附近の澎湖諸島、釣魚島等の多くの小さな島を含み、総面積約36000平方キロメートル、人口2200万強である。台湾島は我が国最大の島である。北は東海(訳者註:東シナ海)、東は太平洋、南は南海(訳者註:南シナ海)に臨み、西は台湾海峡で福建省と隔てられ向き合っている。
台湾は祖国の神聖にして不可分な領土であり、台湾の人民は我々の血を分けた同胞である。台湾と祖国大陸の統一の実現は、海峡両岸の人民の共通の願いである。
(図6.22 台湾省)
練習
図6.22を見て、台湾省の位置と範囲を理解しましょう。
(1) 台湾島、澎湖列島、釣魚島を探しましょう。
(2) 台湾島周囲の海洋と海峡を探しましょう。
(3) 比例尺を利用して、基隆――福州、高尾――厦門の直線距離を計算してみましょう。
修訂については、記事にも言及されているが、外交にも関わる敏感問題だけに、人民教育出版社としては上の指示を仰ぐことになる。
現在、中国の教科書は検定制になっているとはいえ、かつては国家共通教科書の担い手であり、今でも全国的に圧倒的なシェアを誇る人民教育出版社の修訂が行われれば他に与える影響は大きいはずである。
(このブログ記事の読者より、人民教育出版社が釣魚島に関連する地理教科書修訂を否定した報道についてご教示いただいた。今後の動向を見守りたい。2013年月2月7日改訂)
参考:「初中地理修訂或細化釣魚島内容・明年秋季進課堂」(中国新聞網、2012年9月14日) http://www.chinanews.com/edu/2012/09-14/4182549.shtml
「
人教社否認將細化初中地理教材中關於釣魚島的內容」(鳳凰網、2012年9月14日)
『義務教育課程標準実験教科書 地理』八年級下冊 (2006年10月第3版、人民教育出版社)
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二〇一二年新学期、中国の一部小中学校に本格導入された国防教育(訂正) ― 2012年10月17日
今年九月の新学期から、中国の北京市や河北省等一部の省市の小中学校に「国防教育課」(以下、国防課)なる新しい科目が新設された。まだ調べ始めたところで、よく分からないが、二〇〇一年あたりから一部の小中学校で実験的に導入して準備が着々と行われていた模様だ。授業時間は小学校が毎学期(前後期二学期制が一般的、一部に三学期制も)四時限分、中学校が五時限分を国防教育の授業にあてることになっている。なお、国防課を教えるのは思想品徳、歴史、国語の教師らしい。(中国の小中学校は一般的に教科担任制)
でも、小学生に国防教育って?国防課って一体どんな内容なのだろう。ヒントを探していたら、国防教育を他に先駈けて行っていたらしき小学校の教師のブログを見つけた。そこで国防課の小学校一、二年生の授業計画(二〇一〇年の内容)をちょこっと覗いてみることにした。
まずは小学一年生から。この授業計画では、一年生の国防教育は後期から始まる。まず国歌、国旗歌、共産児童団歌、校歌を学び、学校で毎日行われる国旗掲揚式の手順と守るべき規則を身につける。子供達は国旗と国章に敬意をもつことをこの時期に学ぶのである。日中戦争の映画「小兵張嘎」(作家・徐光耀の作品を改編)、日中戦争期の児童団員の活躍を描いたという「紅孩子」(未見)なども見ることになっている。
二年生になると内容は格段に増える。映画「閃閃的紅星」(ピカピカの赤い星、といった意味)、映画「劉胡蘭」と毛沢東の題辞、小英雄「雨来」の話から日中戦争について学ぶ。「閃閃的紅星」は地主にいじめ抜かれた村を紅軍が解放するお話だったように記憶しているので、紅軍の活躍がメインかもしれない。劉胡蘭は実在の女性の共産党員で国民政府に捕らえられ処刑された人物であり、最期まで投降せず、その気高さを毛沢東が讃えた題辞が有名である。「雨来」は日中戦争期、凶暴な日本軍人に村が襲われるが、酷い目に遭っても口を割らず、連絡員を守り、自分も得意な泳ぎを生かして難を逃れる話である。ちなみに雨来は実在の人物ではなく、作家・菅樺が書いたお話である。「劉胡蘭」「雨来」の教材はいずれも一九八〇年代の教科書に収録されている。他にも、人民解放軍の構造や役割と貢献、孫子の兵法、そしてここで最初に国防とはなにかを学ぶ。国防を学ぶ導入として、意外にも映画「007」が例に採られ、スパイとは何かを教えている。とにもかくにも、非常に盛りだくさんのメニューになっている。
ここまで見て気がついた。これはどうやら実験段階の授業計画で、内容が多すぎる。規定の時間ではとても終わらないだろう。現行の教科書と同じ内容ではないかもしれない。それでもやりたいことは全部入っているようにみえるから、参考にはなると思う。それから、もう一つ、かつて国語教科書に載っていた国民政府関連の教材はこちらに移されたのかもしれない。これはぜひ検証したい。できることなら国防課の教科書を見てみたいものだ。
国防教育は一九八〇年代後半には大学レベルで軍事訓練等の導入が行われている。しかし国防教育が系統的に教育システムに組み込まれ、小中高大の全ての段階で義務化されるようになるのは、冷戦崩壊という外部環境の「深刻化」という背景が契機となり、一九九三年から九四年にかけて「国防教育法」が起草制定されて以降のことである。鄧小平は「国防教育は赤ん坊のときから始めよ」と述べた。でも、実際に青少年全体に国防教育を行き渡らせるための行動を起こしたのは江沢民である。江沢民は「国防教育を思想教育の総体系に組み入れよ」と題する論文を一九八八年十月二十五日の『解放軍報』に寄稿し、その後の一九九四年の国防教育法の制定他を主導している。今回の国防課の新設もその流れの一環とみて良いだろう。(2013年4月3日改訂。)
(ブログ読者より「国防課の開設は全国一斉ではなく一部省市では」とのご指摘をいただき、確認の上訂正しました。間違った記事によりご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。)
参考:2010-04-21 | 一年国防教案(張暁春老師的網校Officeより)
弓野正宏「中国「国防教育法」の制定と施行--軍民関係制度化の意義と限界--」(早稲田大学リポジトリ)
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/30584/1/SeijiKeizaigaku_369_00_005_YUMINO.pdf
台湾に友好的な教材の出現――中国の国語教科書 ― 2012年10月13日
中国の国語教科書に近年、台湾に友好的な教材が収録されるようになった。現行の人民教育出版社版の教科書では「雪を見る」(二年級・上冊)、「海峡を越えた生命の橋」(四年級・上冊)、「忘れられない授業」(五年級・上冊)などがそれに当たる。これは大きな変化である。胡錦濤国家主席の中台平和統一路線を反映している、と考えられる。
では収録されているのはどんな教材か、この中から小学校二年生向けの教材「雪を見る」を紹介しよう。こんなお話しである。台湾の子供が商店に飾られていた雪の風景を見て、先生に「先生はホンモノの雪を見たことはありますか」と尋ねる。先生は「子供の頃、ふるさとでね。」と地図で北京を指さして答える。「北京はここから遠いでしょう?」と子供が聞くと、「そんなに遠くないわよ。」と、子供の頃、雪で遊んだ様子を語って聞かせる。雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり…子供達が「いつ私達を北京に連れて行って本当の雪を見せてくれるんですか?」尋ねると、先生は「あちらの子供達もあなた達と一緒に遊ぶのをとても楽しみにしているのよ。」と答える。
この作品、一見すると、台湾の子供達が北京の雪景色に思いを馳せる、という心温まる話である。これを読んだ中国の子供達は台湾の子供達と雪で遊ぶ様子を想像して、親しみを持つだろう。また、先生が北京出身であることから、教室で中国と台湾の関係を学ぶ機会ともなり、そして台湾の人々がこの先生のように統一を願っている、と子供達は自然に信じるだろう。こういう教材を低学年に持ってきて、台湾への親近感を醸成している、と見ることが出来るだろう。
この教材は政治的な部分を上手く包んで、子供達の興味を引いているが、隠すのに苦労している部分もあるようだ。例えば、先生の台詞には「北京」という言葉がなく、地図で北京の場所を示すという行為に置き換えられている。これは台湾では正式には今でも北京は「北平」、首都は南京のままだからであろう。他にも、近年の教科書の欄外には大抵作品の出典が書かれるのだが、この作品には書かれていないのが気になる。ついでにいえば、北京の冬、雪はあまり降らない。滅多に積雪もない。何年ぶりかの大雪で二、三十センチ積もっても、雪はサラサラのパウダースノーで雪だるまなんてつくるのはとっても大変で、雪玉もすぐ崩れるから雪合戦も難しいと思う。従ってイラストのような雪遊びは、ほとんど見られない。こうして見ると、この先生、北京出身というには少々無理がある。恐らく…台湾人が「本当の雪を見てみたい」というのを聞いて、それをヒントに、北京をよく知らない作者が書いたのだろう。いずれにしても、慌てて作った教材という感じは否めない。(2012年10月15日改訂)
二種類の愛国「暴力“礙”国」と「理性愛国」 ― 2012年10月11日
中国の最高国家行政機関である国務院直属の通信社、新華網が配信した記事に載っていた漫画を紹介しよう。ここには二種類の愛国の姿「暴力“礙”国」と「理性愛国」が描かれている。
まず、赤い方のタイトルは「暴力“礙”国」、暴力が国にとって害であるという意味を込めて、「愛」と同じ音の「礙」を使っている。イラストの文字は「礙」の簡体字であり、「妨げる、邪魔になる」の意味である。イラストを見ると、凶悪な表情の牙と角を生やした人々が目に入る。一コマ目は日本食レストランを破壊したり食い逃げしたりしている人達、二コマ目が中国にいる日本人を追いかけて暴力を振るっている人達、三つ目は日本車に乗った中国人を襲って車を壊している人達、四コマ目は日本製品を買わないようスーパー入り口で見張っている人達、五コマ目は日系店舗への略奪放火行為、六コマ目はウェブ上で流言やデマをまき散らす人が描かれている。かなり怖いイラストである。
次に青い方のタイトルは「理性愛国」、理性的に国を愛そう、である。一コマ目は国旗付きの建物(現政府のことだろう)を大切に掲げて政府の外交活動を擁護せよと述べ、二コマ目は法律書のイラストで法律を守って同胞の財産を尊重せよと示唆し、そして三コマ目はより広く同胞が団結し愛国の情熱を正しく表現し、国家の主権を護り領土の保全に務めよう、とあり横断幕を掲げてマナー良くデモ行進する様子を描き、四コマ目は果樹に水をあげる様子を描いて国家が豊かになるよう本職に勤しめと述べ、五コマ目は国産品の質を向上させて日本製品を凌げとグラフが描かれ、最後の六コマ目で「公民ならば法を守るべきなのに、それもせずに同胞の財産にまで手を出すとは何事だ。愛国を汚すな。」と結ばれている。
青い方は一見良さそうに見えるが、ほとんど人の顔が見えない。三コマ目にはデモ行進をしている人達がいるが、表情がなく、上の赤のこわーい顔とは対称的である。愛国を口実に自分達の欲求を全開にしている赤い人達、これは論外にしても、大人しい青い人達も不自然だ。「愛国」の「愛」は元来コントロールが効きにくい、激しく、爆発しやすい感情である。
今回、尖閣問題の反日デモで、日本食の飲食店を破壊したり食い逃げしたり、略奪行為を働いたり、放火したりした人達は、いわば愛国を自分の欲望の達成に利用した人達だった。不法行為は論外としても、愛国を利用する風潮は社会に溢れている。他にも日本車が破壊された事件を受けた車の買い換え、日本製品を国産品や他国の製品に買い換えの顧客を見込んで「愛国割引」なるものが登場したのも、いわば愛国を商売に利用していると言えるだろう。
オリンピックで金メダルを、ノーベル賞を同国人が獲ったときにわき上がる感情、あれが愛国心なら悪くない。でも、愛国は一歩間違えば害になり、毒になる。それを忘れないようにしよう。
ちょっと休憩―新時期の「四有新人」珍解釈 ― 2012年10月09日
「四有新人」、1980年代以降の教育を受けた中国人なら、嫌と言うほど聞かされた言葉のはずである。青少年向けの愛国教育や徳育関連の文章にはよく登場する。中国人は四文字にまとめるのが好きで上手だ。ただ、字面では何のことか分からないのも多いのが困りもの。
さて閑話休題。これは鄧小平が1980年5月26日に『中国少年報』と雑誌『輔導員』に送った題辞「全国の子供達よ、理想・道徳・知識・規律のある人間を志し、人民・祖国・人類に貢献せよ」から来ている。もう三十年も前の言葉だが、いまでもよく使われている。
でも新時期の「四有新人」にはこんな珍解釈もあるらしい。二つばかり紹介しよう。
我々の偉大なる領袖小平同志は「理想・道徳・教養・規律のある」若者になれ、とおっしゃった。三十年が過ぎた。新時期の「四有新人」を君は知っているかい?「1に事業、2に家、3に車、4に恋人」さ。
先生:クラスの皆さん、みなさんは祖国の花、新時期の「四有新人」理想と道徳と教養と規律を備えた人間になるよう努力しなくてはいけませんよ。
三くん:先生、間違っています。パパは、お前は大きくなったら「四有新人類」になりなさい、って言ってました。権力があって、お金があって、スーパーカーを持っていて、若い愛人を持てる大人に。
先生:(絶句)
新時期の「四有新人」の珍解釈、見つけたときは大いに笑わせて貰った。こんな内容なので出典は敢えて出さないでおこう。それにしても、中国の庶民はちゃーんと現実を見ている。今の中国人の子供達、こちらを目指す方が断然多そう。(2012年10月10日改訂)
愛国主義教育実施綱要の中身6-第三章(2/2) ― 2012年10月08日
少し日があいてしまったが引き続き愛国主義実施綱要について紹介する。十七条から十九条は、青少年の愛国主義教育について、具体的な組織と方法を示している条項である。一つ一つ見ていこう。
十七条を見ると、中国では行政組織の末端機関まで愛国主義教育の責任を負わされ、実に余すところなく、教育を行き渡らせようとしているのが分かる。短いので全訳する。「公的機関、企業、農村等の末端組織は社会主義の‘四つの’理想・道徳・知識・規律のある新しい世代(原文:“四有”新人)
[i]を育てる責任、特に青年幹部、職工、農民に対し愛国主義教育を強力に行う責任を負う。」というものである。この条項の意図するところは、恐らく、貧しい家庭や農村等で比較的低学歴、例えば義務教育終了後、或いはそれも適わず働いている若い青年について、愛国主義教育を担う責任の所在を明確にするところにあるのだろう。ところで、この条項に出てくる「“四有”新人」という言葉、一九八〇年代以降中国で教育を受けた人なら、耳タコのはずだ。これは元々鄧小平が子供向けの新聞と雑誌に送った「全国の子供達よ、理想・道徳・知識・規律のある人間を志し、人民・祖国・人類に貢献せよ」という題辞を中国らしく四文字にまとめたもので、青少年の徳育といえば必ず出てくる言葉、八〇後以降の世代の教育のキーワードの一つである。
十八条は家庭教育に関する内容である。「町や農村の町内会組織、労働組合、共産主義青年団、婦人連合会などの組織が、家庭における青少年の教育に注意を払い、祖国愛を五好家庭(筆者註:老人を敬い、男女平等で、夫婦は仲が良く、節度のある経済生活を行い、隣近所と助け合える家庭)[ii]、開明的な家庭活動、開明的な市民(村民)教育の重要な内容としなければならない。」というものである。末端組織をわざわざ指名して、家庭教育に影響力を発揮するよう求めている。かなり念の入ったやり方だと思う。
そして十九条、これは愛国主義教育のいわばメディア戦略である。重要なので全訳しよう。「青少年の特徴に焦点を合わせ、映像、書籍、音楽、演劇、美術、お話し会などの形を用いて、広く豊富で生き生きした愛国教材を提供しなければならない。各地区と各関連部門は、中央宣伝部・国家教育委員会・広播影視部・文化部が頒布した『優秀な映像運用による全国小中学校における愛国主義教育実施に関する通知』[iii]を確実に実行し、これら優秀な映像教材を教学、教育計画に盛り込み、適宜上映、観察、宣伝、教育に使用する。企業、農村、部隊でもこれらを利用して、若い労働者や農民、兵士に愛国主義教育を行う。」言い方は硬いが要するに、若い人達はテレビや映画が好きだから、それを利用して愛国主義を宣伝しよう、ということである。ちなみに、十九条に示された通知には具体的なリストが添付されている。これによれば、「見なければならない映像リスト」には、小学生十六本(内、日清戦争関連は1本、日中戦争関連は2本)、中高生十八本(義和団事件関連1本、日中戦争関連3本)、「選んで見る映像リスト」は小学生三十四本(日中戦争関連7本)、中高生三十二本(日中戦争関連5本)が載っている。上記のように日本関連の映像教材は少なくない。
十五条から十九条まで見て気づくのは、あらゆる場所と手段を以て、愛国主義教育を青少年に浸透させようとしていることである。改革開放後、外国の情報や娯楽が入ってくるようになり、インターネットも発達した現在、愛国愛党思想を保つのは至難の業である。そこで愛国主義教育がより低年齢化し、系統化され、より効果的に行われるようになったと考えられる。ただ、国策や国の権力者の都合で国民の価値観や人生観までに干渉した教育がどんな副作用を伴っているか、までは十分に考えられていない気がする。(2012年10月8日改訂)
[i] 「“四有”新人」は鄧小平が1980年5月26日に『中国少年報』と雑誌『輔導員』に送った題辞「全国の子供達よ、理想・道徳・知識・規律のある人間を志し、人民・祖国・人類に貢献せよ」を「“四有”新人」という言い方でまとめ、青少年の徳育の標語になっている。
[ii] 「五好家庭」は「老人を敬い、男女平等で、夫婦は仲が良く、節度のある経済生活を行い、隣近所と助け合える家庭」を指す。一九五〇年代から中華全国婦女連合会によって広められた家庭の美徳を唱った宣伝活動の標語。特に一九八五年、一九九六年には大きなキャンペーン活動も行われている。
[iii] 「中宣部、国家教委、広播電影電視部、文化部関於運用優秀影視片在全国中小学開展愛国主義教育的通知」(教基[一九九三]十七号、一九九三年九月十三日)
愛国主義教育実施綱要の中身5-第三章(1/2) ― 2012年10月04日
ようやく第三章「愛国主義の重点は青少年」である。第三章は十五条から十九条までで、主に重点教育対象、教育を行う組織及び教育手段について規定している。重要な条項は全訳、その他は抄訳で紹介する。まずは重点教育対象のことを述べている十五条と学校の愛国主義教育に言及している十六条から見てみよう。
十五条は、「愛国主義教育は全国民教育であり、重点は青少年である。学校、部隊、村、街道(筆者註:町内会のようなもの)、機関と企業単位(筆者註:官公庁や各種機関、企業及びそれに属する部門)、特に中国共産主義青年団、少年先鋒隊等の組織は、青少年の愛国主義感情を育み、彼らの愛国主義の覚悟を高め、正しい理想・信念・人生観・価値観を持つよう導く思想政治教育を担わなくてはならない。」というもので、愛国主義教育の重要な対象が青少年であること、学校に加え、地域や職場のあらゆる組織、そして特に共産主義青年団や少年先鋒隊などの共産党の組織を活用して、愛国主義教育が行われていることがわかる。現在の中国では小学生になると少年先鋒隊に入隊して主に課外活動を通じて共産主義を学び、中学生になると優秀な者が選ばれて共産党青年団に入団、やがてそこで選び抜かれた優秀な者が若手のエリート共産党員となり、高級官僚が育成されていく仕組みになっている。現在の中国のトップ胡錦濤国家主席をはじめ、多くの国家の指導者がこの共産党青年団であり、政界を二分する大きな政治勢力となっている。
十六条には学校教育における愛国主義教育の科目や方法等に関する記述が含まれているので少々長いが全訳する。「学校は青少年に教育を行う重要な場である。愛国主義教育を幼児園(筆者註:日本の幼稚園や保育園にあたる)から大学の学習と人間教育の全課程に浸透させ、その学習における主要な役割を果たす場として機能させなくてはならない。各省・自治区・直轄市の教育部門は、国家教育委員会が頒布した『小中学校の中国近現代史及び国情教育の総体綱要』と『高校の思想政治、小中学校の語文(筆者註:日本の国語にあたる)、歴史、地理科の教育綱要』の要求に照らして、各学科(自然科学系の科目も含む)の愛国主義の計画を制定し、愛国主義の内容を分かりやすく関連教科の内容に入れ込まなくてはならない。各種大学・短大・専科学校は積極的に中国史、文学、芸術、科学技術等の伝統文化選修課科目(註:一般教養の選択科目のようなもの?)に愛国主義教育を主眼としたテーマの講座を設けるべきである。小・中・高・大学は愛国主義教育のための課外授業を設け、学生にホンモノを見せる教育を行うべきである。高校の高学年と大学・専科学校では、学生を組織し適当な生産労働、社会実践、軍事訓練等の活動に参加させ、労働者・農民・兵士への親近感と国家への責任感を強化させるべきである。教師は愛国主義を自らの身体で体験し力行し、青少年の見本とならなくてはならない。」と、かなり長い。
わざわざ別に綱要まで出して強化を求めている小中学校の語文、歴史、地理科、高校の思想政治は特に重点科目であることは疑いないだろう。ここには見えないが、徳育の科目とされている小学校低学年の「品徳と生活」、小学校中学年以降の「品徳と社会」、初等中学では「思想品徳」も、愛国主義教育の要の科目の一つである。更に他の科目も全て愛国主義教育の機会を作ることが求められている。(2012年10月5日改訂)
愛国主義教育実施綱要の中身4-第二章(3/3) ― 2012年10月03日
さて、十三条と十四条である。これも現在の共産党の基本路線に対応しているのだが、九-十二条とは異なるので別に紹介することにした。その違いを象徴するのが、この二つの条項に見える「宣伝」という言葉遣いである。ここは重要なので、以下、条文を全訳して詳しく見ていこう。
十三条は「民族団結教育を行わなければならない。中華民族は多民族の大家庭である。奥地、辺境であろうと、漢民族地区、少数民族地区であろうと、マルクス主義の民族観、宗教観と共産党の民族政策、宗教政策の教育[i]を強化して、各民族人民が民族団結と祖国統一に多くの努力を払い歴史的に貢献してきたことを大々的に宣伝しなくてはならない。各民族人民の中で、漢民族は少数民族、少数民族は漢民族から離れられないという思想を強固にし、民族団結と祖国統一を擁護するよう自覚させる。」というもので、明らかにこの条項は民族教育の方針を示している。
この条項で述べられている「各民族人民が民族団結と祖国統一に多くの努力を払い歴史的に貢献してきたことを大々的に宣伝しなくてはならない」、この方針に基づいて、教科書にはどんな教材として登場しているのだろう。現行の語文教科書(日本の国語にあたる)に収録している教材を見ると、例えば、「最後の戦象」[ii]日中戦争期の一九四三年に雲南省のタイ族自治区シーサンパンナを舞台に日本軍と戦って傷つき死にかけた戦象の最期を看取り弔う話が載っている。戦象は軍事用に使われた象のことで、戦車の代わりに古代から使われた大変破壊力のある乗り物である。でも、今の中国の子供達がこれを読んで思い浮かべるのは動物園の愛すべき象の姿、それが血まみれで倒れている場面であろう。子供の心理をよく研究して作られている教材である。この物語を通じて漢族とその他の民族の子供達は、少数民族も日中戦争を戦い「祖国統一に多くの努力を払い歴史に貢献した」と教えられるわけだ。ついでに言えば、当教材で日本軍は「日寇」「鬼子」と表現されており、宣伝の結果イメージが悪くなるのはここでも日本ということになる。他にもチベットやモンゴル、ウイグル、朝鮮等を舞台に、漢族と少数民族の絆を素材にした教材が多数編まれている。
一方、十四条は「‘平和統一と一国二制度’の方針に基づいた教育を行わなくてはならない。全面的、及び正確に党と政府の祖国統一問題状の基本的立場と方針政策を宣伝し、祖国統一の進展状況と重要な点を理解させる。香港、台湾、マカオの同胞が祖国統一に果たした貢献の宣伝に注意を払い、国外の華僑や華人、海外からの帰国者が愛国心と愛郷心から行った事績を宣伝する。」というものである。則ち、台湾との平和統一と一国二制度[iii]の方針を国民に教育するとともに、台湾、香港とマカオ、海外の華僑や華人を対象に、愛国心、愛郷心を植え付けるための宣伝を行う[iv]、というのである。この語調には強硬な姿勢は感じられず、むしろ、台湾、香港、マカオの同胞と華僑、華人等を聴き心地の良い宣伝によって、取り込もうとする意図が見える。
上の条文だけ読めば、これが反日感情とは何の関係もなさそうに見える。でも、この条項は反日感情と恐らく関連がある。この条項の方針に沿った教材はすでに教科書に多数収録されているので、例を示そう。例えば、「海峡を越えた命の橋」[v]である。これは台湾青年の骨髄が上海で入院している中国の少女の命を救う、という感動的な話だ。かつては、国民政府が共産党を弾圧した話が愛国主義教育に一定の割合を占めていたが、現在ではそのような教材はすっかり姿を消し、平和ムードで両者の絆が教材上で演出されるようになった。この変化はもう一つの問題をも引き起こしていると想像できる。つまり以前の敵・悪者は、国民政府と帝国主義日本の二者だったが、今では帝国主義日本だけになっている、という事実である。
十三条と十四条の意図は主に民族教育と台湾との平和統一の宣伝である。だが、そのために作られた教材は結果として、日本の更なるイメージダウンを招いていると思う。ここにも反日感情の原因の一つが見つかった。(2012年10月13日 改訂)
[i] 条文においては、宗教政策に言及しているが、現状では宗教は中国共産党の統制下にあり、未成年者への宗教教育は認められていない。但し民族学校はある。民族学校の特徴は二つ、一つ目は教授用語が民族語であること、二つ目は民族語の授業があることである。二年前、チベットで民族語による教授を撤廃する決定に対し、大規模なデモが起きたことがあった。 [ii] 「最後一頭戦象」(六年級・上、人民教育出版社、二〇〇六年六月第一版、二〇一〇年五月第六次印刷) [iii]一国二制度は元々台湾統一のために考えられた制度であるが、現在はかつてイギリスの植民地だった香港とポルトガルの植民地だったマカオにおいて行われている。 [iv] いま、香港にも愛国主義教育の手は確実に伸びている。二〇一二年五月、香港特区政府は中国国民としての愛国教育「徳育及び国民教育科」を二〇一二年九月の新学期から普及させ三年後に必修化する計画を発表した。しかし、この発表を受けた香港住民が抵抗に立ち上がり、二〇一二年七月一日には四〇万人規模、二十九日にも洗脳教育反対の九万人規模のデモが行われ、ハンストや授業放棄などで学生が抵抗するなど、大きな騒ぎに発展、ついに九月八日夜、計画は必修化の期限は撤回され、学校毎の判断に任されることになった。 [v] 「跨越海峡的生命橋」(四年級・上、人民教育出版社、二〇〇四年六月第一版、二〇一〇年六月第十一次印刷)
愛国主義教育実施綱要の中身3-第二章(2/3) ― 2012年10月02日
鄧小平の論説を基盤にした新時期の愛国主義教育について主にまとめられているのが、九―十二条である。一つ一つ見ていこう。
九条を見ると、「党の基本路線と我が国の社会主義建設の成果こそは愛国主義教育の最も現実的でイキイキした教材である。特に党の十一期三中全会以来の改革開放と現代化建設の大いなる成果と成功経験を慎重に運用して教育を行うべきであり、人民群衆に社会主義の信念をしっかりと植え付け、党の基本路線が揺らがないようにしなくてはならない。」とあって、あくまでも愛国主義教育は党の路線と共にあることが強調されている。
十条は「中国の国情[i]についての教育を行わなければならない。国情教育は全世界環境という大きな背景のもとで行われなければならない。中国の経済・政治・軍事・外交・社会・文化・人口・資源等の歴史と現状を人々が系統的に理解するのを助け、我が国の現代化建設の目標と段取り、壮大な展望を理解させるべきである。」とある。内容は領土等の認識に関わる知識を補完する役割を持っていると思われる。このタイプの教材は一九八〇年代教科書にすでに出現しているが、この綱要以降整理され、意識的に他の条項とリンクするようになったようである。
十一条は「国家観念と国家の主人公としての責任感、法を遵守する習慣の育成、正しく憲法と法律が定めるところの公民権を行使すると同時に、憲法と法律に定められた公民義務を護り、国家利益を断固として守る意識を増強すべきである。」と、第二章の中では唯一法治国家的で穏当な表現であるが、ここでも国家利益を守る義務が強調されている。
十二条は「国防教育と国家安全教育を行わなくてはならない」というもので、「国益に反する行為や祖国の尊厳を傷つける行為、国家の安全を危うくする行為、祖国を分裂に導く言動に対し、全人民が断固として闘うよう教育する」と明確に述べている。七条の歴史教育と十条の国情教育が基盤にあって、十二条の国防教育が功を奏せば、今回の尖閣問題に見られる反日デモのような現象が出現しやすくなる、と考えられる。また十二条に引っかかるような行為が他国によって行われても、同様の現象が起きる可能性もある。なお、二〇一二年九月の新学期より新しい教科「国防課」が学校教育に導入され、小学生から初級中学まで行われるようになり、国防教育が一段と強化されることになる。
九-十二条の新時期の愛国主義教育の内容から分かるのは、現在の共産党政権の路線に沿った国家への忠誠心の育成が強力に図られている事実である。十一条に見るように法律を遵守する教育も項目として入っているが、ここでも国家の利益を至上のものとしており、結果として法律や公衆道徳よりも「愛国」「国家の利益」の方が優先される価値観を育てているといえるだろう。
[i]中国語の「国情」は日本語の「国情」とは違うニュアンスを含んでいる。近代の日本や欧米列強による植民地化と侵略と奴隷化いう経験を持つ国という自覚、毛沢東時代につくりだされた古いシステムが各処の残っているという現状、そして中国が常に向かい合うことを余儀なくされる問題(例えば、人口の多さ、広大な国土と格差、多民族国家等)の情況、さらに綱要の十条の場合でいえば「中国の経済・政治・軍事・外交・社会・文化・人口・資源等の歴史と現状」等を踏まえた上での、「中国が置かれている実際の情況」を指している。(2012年10月3日改訂)
愛国主義教育実施綱要の中身2-第二章(1/3) ― 2012年10月01日
第二章
「愛国主義教育の主な内容」には、愛国主義教育の範囲、内包される政治的意図、教育の中で重点とする項目が如実に示されている。内容の傾向としては次の三つに分けることができる。六-八条は、建国以来受け継がれてきた愛国主義教育の内容、九-十二条は鄧小平の論説を基盤にした新時期の愛国主義教育の内容、十三-十四条は中国が現在抱える具体的な問題を念頭に置いた愛国主義教育の宣伝方針、である。長くなるので三回に分けて、重要な部分は全訳、その他は抄訳で紹介しよう。
まず六条を見ると、「愛国主義教育の素材は大変幅広いものである。過去の歴史から現在の事象、物質文明から精神文明、自然の風景から物産や資源、社会生活の各処に愛国主義を推進するための宝が眠っている。国情に関わる資料を上手に運用し、各種の貴重な教育素材を注意深く掘り起こして、愛国主義教育の内容を豊かにしなければならない。」(六条)
とあり、愛国主義教育の素材は実に広く設定されていることが分かる。このように愛国主義教育の素材を広範囲に求め、あらゆる教科や場面に関連づけることが、建国以来行われてきた。
七条からは愛国主義教育の重点が歴史の中でも特に近現代史に置かれている事実が見て取れる。これは反日感情とも関係する条項なので全訳する。「中華民族の悠久の歴史について教育を行わなくてはならない。我が国人民の愛国精神は中華民族の長い歴史の中で生まれ発展したものである。中国の歴史、特に近代史、現代史の教育を通じ、中華民族の弛まぬ努力と不撓不屈の発展過程を知らしめ、我が国各族人民の人類文明に対する卓越した貢献を理解させ、歴史上の重要な事件と著名人物について学ばせ、中国人民が外来の侵略と圧迫に反対し、腐敗した統治に反抗して、民族の独立と解放を勝ち取り、前進を続け、血みどろになって戦果をあげたことを理解させ、特に中国共産党が全国人民を率いて、新中国を建設するため、勇敢に戦った崇高な精神と輝かしい業績を理解させなくてはならない。」(七条)この条項には「血みどろになって戦果をあげた」など、他の条項とは明らかに異なる生々しい表現が目に付く。また「外来の侵略と圧迫」は欧米列強も含まれるが主に日本を、「腐敗した統治」は主に国民政府を指しているのは明確である。「特に」(原文は“特別”)とわざわざ強調してまで「中国共産党が全国人民を率いて」「勇敢に戦った」歴史を重点的に学ばせようとしている姿勢に気づかされる。実際この種の教材、つまり日中戦争や朝鮮戦争で犠牲になった烈士、国民政府の弾圧で犠牲になった英雄の物語が、建国以来の語文教科書に数多く収録されてきた。そして近現代史は歴史教育の中でも特に重要視されている。
次の八条の冒頭は「中華民族の優秀な伝統文化教育を行わなくてはならない」とある。上の七条に比べると、穏やかな印象であるが、実は重要な思想教育を含んだ内容である。日本人は伝統文化教育といえば、(日本なら)茶道や華道、着物の着付け、能、歌舞伎といったものをイメージするかもしれない。しかし、ここで述べられている伝統文化教育はそのようなものとは全く異なることに気づかなくてはならない。その内容は「傑出した政治家・思想家・文学者・科学者・軍事専門家や経典著作、数多くの文物や史跡、文化遺産などを愛国主義教育の資源とする」というもので、具体的には、中国共産党のリーダー達、例えば毛沢東、周恩来、鄧小平、温家宝の心温まるエピソードを通じて共産党への親近感を育んだり、国内の優秀な科学者の事績と同時にその愛国心を学ばせるエピソードを学ばせたり、万里の長城など中国が世界に誇る史跡や古代文明の発祥地としての歴史、高度な文化の成熟(詩文、数学や天文学等)等を素材とした中国人としての誇りを育成する教育がこの条項に当てはまると思われる。このタイプの教材は建国以来の愛国主義教育の中で大きな役割を果たしてきたが、綱要によって、更に素材の範囲が広げられたようである。
以上のように六条、七条と八条はいずれも建国以来行われてきた愛国教育の伝統を引き継いだ内容である。次に新時期の愛国主義教育の内容について述べられている九条-十二条を見てみよう。(2012年10月4日改訂)
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