「恩怨分明」であること――「東郭先生と狼」にみる中国人の価値観2008年03月03日

 「恩怨分明」は現代中国人の大切な価値観の一つである。

 これを中国人は小学校の教科書でも学ぶ。まずは経典的な教材「東郭先生と狼」(『高級小学語文課本』第一冊(1952年)、『全日制十年制小学課本』第六冊、1982年)、義務教育六年制小学教科書(実験本)第七冊(1994年)等、歴代の教科書に収録されてきた経典的な教材、出典は『東田伝』馬中錫・13世紀明代)のあらすじを紹介しよう。
書生の東郭先生が、追われている狼を猟師から救ってやった。しかし狼は恩を感じるどころか、この機会に乗じて東郭先生を喰おうとする。そこに通りがかりの農民が狼を見事に騙して袋に誘い込み、口を縛って、農民は東郭先生に「狼相手に仁慈を説いたりしてはいけないよ。この教訓をよく覚えておくんだ。」と教訓をたれ、スキでたたき殺す。

 確かに狼はずる賢く悪い。しかし、この寓話が伝える教訓は何なのだろうか。窮地に陥った者を救った東郭先生は正しい行動をしたように見える。「窮鳥懐に入らば猟師も殺さず」、大抵の日本人は、慈悲の心を裏切るオオカミや蛇に怒りは覚えても、助けた側が愚かである、とは思わないだろう。

 しかしここでは東郭先生が狼をかばったことが、明らかに世間知らずの愚かな行為としてとらえられている。すなわち、この話の要点は、「狼は自分の命さえ助かれば、恩人さえも食い殺すような輩」であり、このような邪悪な性質を持った者を「信じてはいけない、助けてはいけない」ということなのである。他にも「狼」が出てくる同様のテーマの教材に、『聊斎志異』から肉売りがずるい二匹の狼に追いかけられて撃退する話「狼三則」、イソップ寓話からは百姓が凍えた蛇を助けてかみ殺される「百姓と蛇」、狼がか弱い子羊に向かって言いがかりをつけて食い殺そうとする「狼と子羊」などがある。