『新訂蒙学課本』の「啓蒙」-清末の教科書2008年03月25日

 以前から清末の教科書の内容を自分の目で確かめてみたいと思いながら、なかなか機会に恵まれなかったのだが、最近の過去の教育を見直そうという動きに基づく「老課本」ブーム?のおかげで希望が叶った。見ることが出来た教科書の原本は、清朝末期、光緒27年(1901年)に発行された『新訂蒙学課本』という教科書、南洋公学による編著、上海・商務印書館の印刷で発行されたものであり初編、二編、三編に分かれている。南洋公学は中国初の教科書『蒙学課本』を発行した学校で現在の上海交通大学(他の学校との統合の後1921年より改称)の前身である。

 この教科書は文語体である。故事を引いて父母への孝行や年長者と教師を敬うことを教えるなどの伝統的な儒教教育と、新しい概念が併存し、時代を反映しているのが面白い。ここで述べる新しい概念と時代性とは特に以下の三点である。

 第一に西洋の文法の考え方を中国語に適用した初の文法書『馬氏文通』における最新の語文法をいち早く取り入れている点である。中でも初編は全八十課の全てが文法説明である。名詞を名子、代名詞を「代字」、動詞を「動字」、形容詞を「静字」と呼んで、解釈しているところなどは現在の文法教育に通じるもので興味深い。

 第二に外国の自然科学の知識を多く載せている点である。例えば三編課七十七「説汽」では蒸気機関の仕組みと実用例を提示、百三課「種牛痘説」では天然痘の予防法として種痘を推奨している。

 第三に国民と愛国心の教育が行われ、更に列強の植民地化に対する極度の警戒感が表明されている点である。例えば、三編第九十八課「愛本国説」には国民と愛国心について説明し、国民として国の為になすべきことに言及している。課百八「国恥説」にはより明確に租界や割譲に触れ「これは国の恥である。我が世代の恥である、これを怒り恨まないでいられようか!君たちは年若いが、後日中国のために仇を討ち、恥をすすぐべき人である。教養が無くては、何を以て仇を討ち恥をすすげようか」とまで述べている。

 「新編蒙学課本」は学制が整備される前、完全なる民間の教科書である。発行地が上海であったことも関わりがあるかもしれないが、清末の中国の進歩的知識人が、欧米及び日本から自然科学を中心とする知識を学ぶ一方で、列強の国土割譲や租借という「国恥」に対する恨みを晴らし恥をすすぐことをこの時期の教科書を盛り込んでいたのは、私には些か驚きであった。