貧しいはずの患者がコーラを飲むわけ――黒岩宙司『小児科医、海を渡る――僕が世界の最貧国で見たこと』を読んで2008年08月27日

小児科医、海を渡る
 この本は小児科医・黒岩宙司氏が、アフリカ・マラウイへ青年海外協力隊の医療隊員としての活動、ラオスにポリオ根絶活動について、実体験を綴った貴重な記録である。黒岩氏の著述は、医者の目から見た最貧国の医療現場体験の他に、国際援助の実態にもスポットを当てている。 底なしの貧困、国益の為の援助、この本が告発している事実はとても重い。

 特に印象に残ったエピソードがあった。コカコーラである。黒岩氏が二年間働いたマラウイのクイーン・エリザベス病院・小児科病棟は、入院患者の子供も付き添いの母親も栄養失調でやせ細り、日々多くの子供が死んでいく地獄のようなところであった。ところが、あるとき、無料病棟に入院している患者の家族が、病院の売店でマラウイではとても高価なコーラをよく買っていることに気が付く。黒岩氏は本当に貧しいなら、高価なコーラなんて変えないはずだと、タンス預金をためこんで、貧しいふりをしていると思いこんだ。

 ところがそれはとんだ思い違いだった。謎解きをしてくれたのは同僚の日本人栄養士・佐久間さん。「患者さんへの精一杯の差し入れなの。貧しい財布から精一杯お金を出しているのよ」というのだ。その理由というのがコーラの糖分で空腹を満たしている、というのである。卵を買ってタンパク質をとったほうがいいのに、という黒岩氏に、佐久間さんはこういうのだ。「私もここに赴任した頃はコーラなんかじゃなくて卵を買えばいいのにって思ったわ。でもタンパク質は村での生活の中で取ってこそ重要で、それができる余裕があればこんなにわるくなって病院に来ないのよ。小児科には栄養失調の病棟があるじゃない、わたしも給食を届けるときには見るけど、あそこは地獄だわ」タンパク質よりも糖分をとるのがさき、空腹をうめるのがさきなのだ。たまたま、貧困国に生まれただけで、栄養失調のまま人生を終える子供、大人が沢山いるのである。

 黒岩氏はマラウイの小児病棟を地獄、と表現している。でも…マラウイは小児病棟の子ども達は栄養失調で、ラオスも医者に通ったり予防注射もできない貧しさがあったけれど、子供の死に親が泣く、正常な親子関係が存在していた。しかし、先日読んだ『闇の子供たち』は、経済的な貧しさだけでなく、親が子供を売って最新の家電を買ったりする、親子関係の崩壊が存在し、それが子ども達の地獄を更にどん底にしていた。援助についてはアフリカは底なし、と言われているそうだが、お金で救われる部分も大きそうだ。しかし、アジアの場合、分かち合いさえすれば飢えなくて良いところでも、子ども達が被害に遭っている。そこに存在するのはベトナム戦争やポル・ポトの圧政と虐殺によって壊れた人間の心だ。『闇の子供たち』を救うのは、加害者側・被害者側の人間の心・モラルを取り戻す教育と、強者が弱者を搾取する社会の仕組みそのものを変えていくことのような気がする。

読んだ本:黒岩宙司『小児科医、海を渡る――僕が世界の最貧国で見たこと』