ジョセフ・カーンの記事「マオはどこに?中国の歴史教科書の改訂」――佐藤公彦『上海版歴史教科書の「扼殺」-中国のイデオロギー的言論統制・抑圧』を読む42008年10月11日

 2001年から編纂作業が行われ、試行期間や幾多の審査を経て、蘇智良主編の上海版歴史教科書の正式使用が始まったのは2006年9月である。正式使用開始に合わせ、2006年9月1日、「ニューヨークタイムズ」にジョセフ・カーンの記事“Where's Mao? Chinese Revise History Books”(マオはどこに?中国の改訂版歴史教科書)が掲載された。英語は苦手だが、何しろこの騒動の元になった記事である。佐藤氏の本と照らし合わせつつ、原文を見て、いろいろ考えた。

 書き出しは「今秋、上海の中高校生は彼等の歴史教科書を開いたとき、きっと驚くことだろう。この改訂版教科書は戦争や王朝、共産主義革命は欠落し(原文: drops)、経済、技術、社会慣習、グローバル化に好意的である。」というものだ。そのあと、「高校生の歴史教科書では社会主義関連は一単元になり」「毛沢東には一回しか触れていない」という問題になった文に続く。毛沢東については他にも「マオは、国家創始者の父として中学で学習するが、高校では1976年のマオの国葬の半期掲揚などの習慣についての学習の中でちょっと述べられているだけだ。」という記述もある。実際のところ、毛沢東の記述については…主編の蘇智良がインタビューで述べているところによれば、毛沢東は全8冊を通じて120回登場するといい、このインタビューを行った『南方週末』の記者が高3の上冊で数えたところ毛沢東が27回登場しているというから、明らかに誤報である。でもジョセフ・カーンの「マオはどこに?…」のタイトル及びこの記述が印象的過ぎて、後で事実とは違うことを蘇智良が主張しても一度作られたイメージを払拭できなかった。また、一方で、誤報ながら批判者に批判の糸口を与えてしまったとも言えるだろう。

 ジョセフ・カーンは副主編の周春生上海師範大学教授にもインタビューしている。周は「従来の、指導者と戦争が中心の歴史ではなく、人民と社会を中心にした歴史にした。これはブローデルの歴史学がいう、文化、宗教、社会慣習、経済、イデオロギーを含む全体史を念頭に置いている。受け入れられるのには時間がかかるだろうが、欧米ではそうなっている」と語った。ブローデルについては、以前『入門・ブローデル』というのを読んだくらいの知識しかないのだけれど…中国の歴史学者はどのようにブローデルの全体史を解釈しているのだろう。

 記事そのものは全体として好意的に書かれていると思う。しかしながら、上海版歴史教科書の改革へのジョセフ・カーンの分析と評価は、刺激的過ぎ、大事な部分で間違いもあり、中国のタブーに触れるものであり、改革の本質を十分に捉えていなかったような気がする。そして結果として上海版歴史教科書の使用禁止を招いてしまった。この記事を書いたジョセフ・カーンは「ニューヨークタイムズ」の北京支局長で、環境問題等多くの報道で鋭い分析を行ってきたベテラン記者だ。2006年のピューリッツァ賞(国際報道部門)をはじめ多くの国際報道賞を受賞している、著名なジャーナリストである。このジョセフ・カーンが書いた記事だけに注目度が高かったことに加え、氷点事件(歴史教科書を批判した論文を載せた中国共産主義青年団の機関紙『中国青年報』付属週刊紙『氷点週刊』が停刊処分になった)が2006年1月に起きたばかりで、外国メディアと中国国内の興奮がまださめやらぬころであったことが相互作用して、蘇智良等編集グループの本来の改変目的とは違う視点での論議に火をつけてしまったように思われる。 (修正日:2008年10月12日)

参考:佐藤公彦『上海版歴史教科書の「扼殺」』(日本僑報社、2008年9月9日)
"Where's Mao?Chinese Revise History Books"(New York Times September 1,2006.英語)
http://www.nytimes.com/2006/09/01/world/asia/01china.html
「中国新版歴史教科書:ビル・ゲイツはやってきた。毛沢東はまだいる。」(南方週末、2006年9月29日。中国語)
http://www.ce.cn/culture/focus/200609/29/t20060929_8781891.shtml

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