中国・中華民国最初の教育法規「普通教育暫行弁法」を起草したのは?2008年10月17日

 前述の「普通教育暫行弁法」、教育部成立が1912年1月9日で、頒布が同月19日だから、わずか10日で成立したことになる。たった10日で重要な教育法規が誕生したのは、とても不思議に思えた。そこで、調べている内に、経志江氏・船寄俊雄氏の論文「中華民国における高等師範教育制度の成立とその性格」を見つけた。

 この論文によれば、蔡元培に任され「普通教育暫行弁法」を起草したのは蒋維喬と陸費逵である。『蔡元培年譜』にあるらしい。李華興『民国教育史』でも確認したところ、『中国近代学制史料』第三輯上冊第1-2頁に『臨時政府公報』第四号、『通令』は蒋維喬と陸費逵によって起草されたとあった。この蒋維喬と陸費逵、教科書編集者でもある。論文では2人の教育部以前の経歴と蔡元培との関わりに言及しているので、そこから、「普通教育暫行弁法」が異例の速さで起草された理由を探ってみたいと思う。

 蒋維喬と蔡元培の関わりは、1902年9月に中国教育会で知り合ったことに始まる。蒋維喬は、1903年には蔡元培に頼まれて愛国学社、愛国女校の教員になり、革命活動に従事していた。1903年夏に商務印書館の編訳所で教科書編集者となり数々の教科書を手がけ、1905年には商務印書館の速成小学師範講習所の責任者となっている。このときも蔡元培との関わりは続いていたと見え、1909年10月には蔡元培の後任として愛国女校の校長も兼任している。私が知っている範囲では、蒋維喬は、あのベストセラー教科書『最新国文教科書』の編集者にも名を連ねている教科書の専門家である。中華民国が建国されると、蒋維喬は教育部秘書長を拝命、教育総長(日本なら文科省大臣というところ)になった蔡元培を助けることとなった。

 一方、陸費逵は1905年秋に『楚報』主筆となり清政府を批判する文章を書いて追放され、上海で昌明書店支店の店長および編集となり、1906年に上海文明書局の編集となり、文明小学校長、『図書月報』の主編、書業商会学徒補習所主任を歴任し、1907年には清朝学部図書局が刊行した教科書を批判したという。蒋維喬との関わりは恐らく、1908年秋に商務印書館に転職したときからのものだろう。国文部編修、出版部部長、講義部主任、交通部部長を歴任し、『教育雑誌』や『師範講義』の主編も担当、1909年には文字改革を提唱している。蔡元培との関わりとして論文で言及されているのは、1910年に「中国教育会」を共に設立したことである。1911年辛亥革命が勃発すると友人等とともに自宅で密かに共和国教科書の編纂と中華書局創設に着手、臨時政府が成立した1912年1月1日に中華書局を開業する。 陸費逵が教育部に入ったのは蔡元培の要請であったとある。

 ところで、辛亥革命が勃発したとき、蔡元培は実はドイツ留学中だった。(1906年から)このニュースを耳にした蔡元培はすぐさまベルリンに駆け込み、他の留学生と相談の上、革命軍支持の電報を打った。そして孫文に手紙を書き、攻城砲八門を購入して、清朝軍の反撃にそなえるようアドバイスもしたという。そして友人の陳其美から帰国催促の電報が届くと、シベリア経由で帰国、1911年12月1日上海に到着したのであった。

 帰国した蔡元培は、5年の留学生活で中国国内事情に疎くなっていたこともあって、蒋維喬に協力を依頼したらしい。蒋維喬は秘書長になると、清朝の学制をすべて廃止し、数ヶ月中に暫定の教育法規をつくる必要があると主張したという。そのような経緯から、最初に10日ほどで頒布された「普通教育暫行弁法」「普通教育暫行課程標凖」は蒋維喬が中心になって策定された可能性が高いという。 この頃の教育部は蔡元培と蒋維喬と陸費逵の3人の(或いはもう少しいたかもしれないが)小さな所帯だったから、いろいろなところを通す必要もなく、話は早かったのかもしれない。(2008年10月28日修正)

参考:経志江・船寄俊雄「中華民国における高等師範教育制度の成立とその性格」(神戸大学発達科学部研究紀要、2004
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81000585.pdf
中目威博『北京大学総長 蔡元培 憂国の教育家の生涯』(里文出版、1998)

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