猫って ― 2009年01月06日
友が皆われより偉くみゆる日よ――NHK「もっと知りたいノーベル賞 小林さん・益川さんにとことんQ」 ― 2009年01月06日
NHKで「もっと知りたいノーベル賞 小林さん・益川さんにとことんQ」を見た。番組の軸は「スタジオに集まった50人の若者たち(中学~大学生)とノーベル賞受賞者、益川敏英、小林誠両博士とのざっくばらんな対話」であり、それに加えてアメリカ在住の南部陽一郎さん、化学賞の下村脩さんからのメッセージも紹介された。この番組の中にとても印象深い内容があった。
一つは南部さんのエピソード。1952年から二年間、アメリカのプリンストン高等研究所にいたとき、多くの優秀な研究者(当時の所長はオッペンハイマー。アインシュタインも在籍)がいて、折々様々なことについて議論する機会にめぐまれた。そのときのことを、南部さんは「天国でもあり地獄でもあった」と述べる。周りに圧倒されたのか、いい仕事ができなかったという。その心境を石川啄木の「友がみな われよりえらく みゆる日よ」と表現していたのが印象的だった。もっとも、このまま研究成果を残さずに帰国は出来ないと考えて、シカゴ大に移り、1960年代に量子色力学と自発的対称性の破れの分野において先駆的な研究を行い、弦理論の創始者の一人としても知られるようになるのだから、このときの挫折感は、彼の原動力の一つになったのだと思う。
もう一つは益川さんが、スタジオの若者からの質問に答えた言葉。UFOを信じるか、と問われて、「そのようなものを見たことはあるが、それをUFOだとは思わない。光を発する自然現象はいっぱいあると思う。科学とは肯定の為の否定の連続である。」というようなことを言っていた。益川さんの科学者らしい誠実な姿勢に感心した。また自然科学だけではなく、私がやっていることにも繋がる大切なことのように思え、感慨深かった。
番組の内容とはあまり関係ないが、下村さんのご自宅が紹介されていて、その書斎と実験室がテレビに映っていた。夫婦であのような素敵な部屋を持てたらいいな(^^) (修正日:2009年1月10日)
見た番組:NHK「もっと知りたいノーベル賞 小林さん・益川さんにとことんQ」 http://cgi4.nhk.or.jp/feature/index.cgi?p=AspdQqSP&c=1
参考:友が皆 われより偉く みゆる日よ 花を買いきて 妻としたしむ…石川啄木「一握の砂」
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一つは南部さんのエピソード。1952年から二年間、アメリカのプリンストン高等研究所にいたとき、多くの優秀な研究者(当時の所長はオッペンハイマー。アインシュタインも在籍)がいて、折々様々なことについて議論する機会にめぐまれた。そのときのことを、南部さんは「天国でもあり地獄でもあった」と述べる。周りに圧倒されたのか、いい仕事ができなかったという。その心境を石川啄木の「友がみな われよりえらく みゆる日よ」と表現していたのが印象的だった。もっとも、このまま研究成果を残さずに帰国は出来ないと考えて、シカゴ大に移り、1960年代に量子色力学と自発的対称性の破れの分野において先駆的な研究を行い、弦理論の創始者の一人としても知られるようになるのだから、このときの挫折感は、彼の原動力の一つになったのだと思う。
もう一つは益川さんが、スタジオの若者からの質問に答えた言葉。UFOを信じるか、と問われて、「そのようなものを見たことはあるが、それをUFOだとは思わない。光を発する自然現象はいっぱいあると思う。科学とは肯定の為の否定の連続である。」というようなことを言っていた。益川さんの科学者らしい誠実な姿勢に感心した。また自然科学だけではなく、私がやっていることにも繋がる大切なことのように思え、感慨深かった。
番組の内容とはあまり関係ないが、下村さんのご自宅が紹介されていて、その書斎と実験室がテレビに映っていた。夫婦であのような素敵な部屋を持てたらいいな(^^) (修正日:2009年1月10日)
見た番組:NHK「もっと知りたいノーベル賞 小林さん・益川さんにとことんQ」 http://cgi4.nhk.or.jp/feature/index.cgi?p=AspdQqSP&c=1
参考:友が皆 われより偉く みゆる日よ 花を買いきて 妻としたしむ…石川啄木「一握の砂」
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憎悪の連鎖を断ち切るもの--イスラエルとパレスチナ ― 2009年01月06日
12月27日から始まったイスラエルのガザ攻撃、CNNのニュースでは(パレスチナ医療関係筋によれば)、死亡したパレスチナ人は530人を超えたという。地上侵攻を開始してからの死亡者は82人、うち子どもは30人、女性は20人であり、負傷者も2750人にのぼっており、大半は民間人であるらしい。またこの中からテロリストが生まれるのだろうか。憎悪は憎悪しか生まない。このイスラエルとパレスチナの「憎悪の連鎖」を断ち切る方法はないものか。
今日の天声人語に2篇の対照的な詩が載っていた。
一つはパレスチナを代表する詩人・マフムード・ダルウィーシュ(1941-2008)の詩の一節「おれは 民衆を憎まない。/おれは だれからも盗まない。/けれどもだ、/もしも おれが怒ったなら/おれは わが略奪者の肉を食ってやる。/気をつけろ、おれの空(す)きっ腹に、/気をつけろ、おれのむかっ腹に。」ダルウィーシュはイスラエル建国のときに故郷を奪われたという。以前、広河隆一編『パレスチナ 1948 NAKBA』(当ブログ2008年6月29日の記事参照)をみた。ダルウィーシュは1941年生まれだから、7歳で「NAKUBA」(大惨事)にあったことになる。その後の人生はパレスチナのために捧げられたようなものだ。この悲劇に遭わなければ、家族で仲良く暮らし、将来に夢を抱いて、普通に人生を送れただろうに、そんな普通の幸せを彼は幼くして奪われてしまったのだ。憎しみの根は深い。
もう一つはハマスの自爆テロに遭って15歳で落命したイスラエルの少女・バット・ヘン・シャハクが残した日記に記された詩である。「美しい言葉の裏側に/苦しみ、痛み、恐れ、不安の年月が/隠されています/でも、これらの言葉の倉庫には/もう一つの言葉がある――それは、希望」この平和への切実な希求は、テロで犠牲になった一少女だけでなく、イスラエルの人々も、パレスチナの人々も、そして世界中の人々も持っている。その数は戦いをのぞみ、暴力で何かを奪い、或いは奪い返そうとする人々の数よりも多いはずだ。
今回のガザ攻撃をみても、この問題では、時間が憎しみを薄れさせるということは期待出来ないようだ。暴力は繰り返され、憎しみが再生産されている。どこかに、イスラエルとパレスチナの「憎悪の連鎖」を完全に断ち切り、双方の人々に幸せをもたらすことができる方法はないものだろうか。
参考:1月6日「天声人語」『朝日新聞』
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今日の天声人語に2篇の対照的な詩が載っていた。
一つはパレスチナを代表する詩人・マフムード・ダルウィーシュ(1941-2008)の詩の一節「おれは 民衆を憎まない。/おれは だれからも盗まない。/けれどもだ、/もしも おれが怒ったなら/おれは わが略奪者の肉を食ってやる。/気をつけろ、おれの空(す)きっ腹に、/気をつけろ、おれのむかっ腹に。」ダルウィーシュはイスラエル建国のときに故郷を奪われたという。以前、広河隆一編『パレスチナ 1948 NAKBA』(当ブログ2008年6月29日の記事参照)をみた。ダルウィーシュは1941年生まれだから、7歳で「NAKUBA」(大惨事)にあったことになる。その後の人生はパレスチナのために捧げられたようなものだ。この悲劇に遭わなければ、家族で仲良く暮らし、将来に夢を抱いて、普通に人生を送れただろうに、そんな普通の幸せを彼は幼くして奪われてしまったのだ。憎しみの根は深い。
もう一つはハマスの自爆テロに遭って15歳で落命したイスラエルの少女・バット・ヘン・シャハクが残した日記に記された詩である。「美しい言葉の裏側に/苦しみ、痛み、恐れ、不安の年月が/隠されています/でも、これらの言葉の倉庫には/もう一つの言葉がある――それは、希望」この平和への切実な希求は、テロで犠牲になった一少女だけでなく、イスラエルの人々も、パレスチナの人々も、そして世界中の人々も持っている。その数は戦いをのぞみ、暴力で何かを奪い、或いは奪い返そうとする人々の数よりも多いはずだ。
今回のガザ攻撃をみても、この問題では、時間が憎しみを薄れさせるということは期待出来ないようだ。暴力は繰り返され、憎しみが再生産されている。どこかに、イスラエルとパレスチナの「憎悪の連鎖」を完全に断ち切り、双方の人々に幸せをもたらすことができる方法はないものだろうか。
参考:1月6日「天声人語」『朝日新聞』
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